第33話【弱点】

 アイリスにララを呼びに行ってもらった。

 その間、俺とルイッサは老夫婦のブラウン夫妻と話し合いをしていた。


「ご説明した通り、ララには何も話していない状態です。いずれは話さなければならないのですが・・・。」


 俺の説明にジョセフがうなずく。


「ええ、それは話せないでしょう、分かりますとも。・・・せめてもの罪滅つみほろぼしに、ララの記憶を取り戻すお手伝いをさせてください。」


「無理はなさらないでください、ジョセフさん。それは我々の仕事です。」


「当時の思い出話を混ぜて、あのが良く遊びに行っていた場所を案内してあげましょう。壊れた自宅を見て何か思い出したというのであれば、きっとそのうち全てを思い出すでしょう。」


 ロージーも同意する。


「ええ、そうしてあげましょう、ジョセフ。」


 ララは食堂にある、傷ついた椅子を見て涙をこぼしたのである。

 たしかに、ジョセフの言う通りかもしれない。

 俺はルイッサと顔を見合わせて頷いた。


「すみません、それではご厚意こういに甘えさせていただきます。この問題には、国王も大臣も非常に悩んでおりまして・・・。」


 ジョセフが一瞬天井を仰いでから頷く。


「ああ、あのレスター国王でしょう? 悪魔の攻撃に対し、国民の盾となったという噂はここにも届いていますよ。」


 それを聞いてルイッサは言う。


「私も小さな頃に命を救われたことがあります。そのうえ、身寄りを無くした私を王宮で保護してくださったのです。レスター国王は命の恩人、それ以上の存在なのです。」


「おお、そうだったのですか・・・。お若いのに、ルイッサ殿も大変な人生を歩んでこられたのですな。いやしかし、レスター国王は覇権を取るだけが目的の国王たちとは全く異質のタイプ。なればこの問題、それはそれは悩まれたことでしょうな。」


 俺は苦笑しながら答える。


「そういうレスター国王にこそ覇権を取って欲しいのですが、そういう性格であるがゆえに覇権を取りづらくなっていることが我々部下の悩みです。」


 ジョセフはにっこり笑った。


「『犠牲をいとわず突き進めば覇権は取れる。しかしそうやって取ったものに価値は無い』と思っておられるのですな?」


「ええ、おっしゃる通りです。」




 ララがアイリスに連れられて戻ってきた。

 ジョセフたちのことは『仲良しだったお隣のおじいさんとおばあさん』とアイリスから説明されているはずだ。


 ララは、まるでパットのようにビクビクとアイリスの陰に隠れながら家に入ってきた。

 それを見て、ジョセフとロージーが優しげな笑顔で出迎える。


「さっきは驚かせてすまなかったねぇ・・・。おばあさんたちもビックリしちゃったんだよ、まさか戻ってきてくれるなんて思いもしなかったから。ほんと、良く戻ってきてくれたわね・・・ララ・・・。」


 そう言ってロージーは涙ぐんだ。

 ジョセフも涙をためている。

 彼らの様子を見たララは、慌ててアイリスの陰から飛び出てきた。


「おじいさん、おばあさん、ごめんなさい! またネルが泣かせちゃったのね? ごめんなさい!」


 流されまいと必死にこらえていたジョセフの涙も、その言葉に流れ落ちる。


「ああ、ララだ・・・。間違いない、あの優しいララが戻ってきおった・・・。そうか、今はネルと呼ばれているのだったね?」


 そう言いながらジョセフはララの頭を撫でる。


「ララ? それがネルの本当のお名前なの?」


「ああそうだよ。でも、ネルでもいいさ。どっちの名前で呼ばれたいかね?」


 ララはあごに人差し指を当てて悩んでいる。


「うーん、どっちも可愛いお名前・・・。どうしようかな・・・うーん、じゃあララにする!」


 ニコニコの顔でそう答えた。

 ロージーが顔をくしゃくしゃにしながらララに話しかける。


「ララや、大好きな美味しいクッキーが焼けているよ。さぁ、食べましょう。」


「え? クッキー? わぁ、食べたい!」


 我々はブラウン夫妻と楽しいひと時を過ごした。




 アイリスとララはブラウン夫妻のもとに泊まることになった。

 俺たちは村の宿屋だ。

 これ以上、夫妻に迷惑をかけるわけにはいかない。


「ルーファス・・・。」


 カイルが宿屋に宿泊する手配をしていると、ルイッサが俺の袖を引っ張った。

 そうか―――。


「カイル。部屋だが、3つではなく、2つにしてくれ。」


 カイルは一瞬驚いた様子だったが、すぐに理解したようだ。


「オーケー団長! ルイッサちゃん、たまには俺ともどう?」


 ルイッサはツンとまして答える。


「カイルさんはエッチだから嫌です。」


「たはっ、連れないなぁ~。」


 カイルは、しょげながら手続きに戻った。




 ルイッサ―――。

 歩く魔導書と言われ、世界の魔導書の全てがその頭の中にある魔導士。

 13歳にして王国の魔導士長となり、大魔法を駆使してオーク1万匹を葬る実力を持つ。


 そんな彼女にも、唯一と言っていい弱点があるのだ。

 就寝時、誰かがそばにいないとガタガタと震えだしてしまうのだ。

 異常なまでの彼女の能力と引き換えるかのように・・・。


「久しぶりだな、ルイッサ。」


 ルイッサがベッドで俺の腕にしがみついている。

 アイリスと会って以来、ずっと無かったことだ。


「ええ、ほんとに・・・。」


 たいていは女性の付き人が添い寝をする。

 今回はアイリスとララとの3人で宿に泊まらせるつもりだったのだが、ああなってしまっては仕方ない。


 ルイッサは安心した表情を見せている。

 ちょうどいい、こちらも聞きたいことがあった。


「ヴィンセントのことについて聞いてもいいか?」


 ルイッサはコクリと頷いた。


 ルイッサの兄であるヴィンセント・クリスタル。

 彼は謎の男である。


「お兄様はあの・・事件の直前に家を出ているのです。」


 ブラウン夫妻との話にも出たが、サレオスに襲われて両親を殺された事件のことだ。


「お兄様は小さな頃から強い魔力をお持ちでした。ですが、天は二物にぶつを与えないと言いますか、魔導書を全く暗記できなかったのです。」


「暗記が・・・出来ない?」


「ええ、なぜかは分かりません。ですから、いつも魔導書を読みながら魔法を使うのです。」


 これは驚きだった。


「力は一級、しかし魔導書を覚えられないことがネックになって、完璧主義のお父様といつも対立していたのです。それが爆発したのが、その日だったのです。」


「なるほど・・・。」


 いつの時代も天才というのはなかなか認めてもらえないものだ。

 いや、常人の理解を超えているから、認めようがないのかもしれない。


「しかし、なぜヴィンセントは今までお前に会いに来なかったのだ? あれから10年もっているでは・・・ん?」


 静かな寝息を立てる少女がそこにいた。

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