第32話【クッキー】
ララ?
今、ネルのことを見て『ララ』と言ったのか?
分からないが、少なくとも当時の状況を知っているようだ。
話をしてみよう。
「ご
俺は手にしていた資料をルイッサに預け、老人の前に出て名乗った。
老人は動揺しているが、俺たちの身なりを見て信用はしてくれたようだ。
「ガーランドの騎士団長殿か!? 団長殿、ララ・・・その子はララではないのですか!?」
ここは情報を交換させてもらおう。
俺は丁重に願い出た。
「ご老体同様、私どももお伺いしたいことがございます。
老人と老婆は顔を見合わせて相談している。
その目には
ネルのことか―――。
恐らく、彼らにとっては幽霊を見ているようなものなのだろう。
仕方がない。
ネルがいる状態では話しにくいこともあるから、彼女にはカイルと一緒に外で待っていてもらおう。
「『ララ』とお呼びになったこの子は、馬車の中で待機させておきます。私と魔導士長のルイッサ、そしてそこの剣士アイリスだけでお話をさせてください。」
老夫婦は我々のそれぞれをその目で確認している。
わずかではあるが、相談している彼らの目に
老婆と話が付いたのか、老人がこちらを見て言う。
「分かりました。団長クラスの方々がわざわざ来られるということは、よほどのことなのでしょう。」
そして老人は俺の前に進み出て握手を求めてきた。
「私はこの家に住むジョセフ・ブラウンです。あちらは妻のロージーです。」
俺は握手をし、感謝を伝えた。
「皆様、どうぞお上がりください。ロージー、お茶を入れてはくれないかね?」
「ジョセフ殿、私からお話しできることは以上です。」
パトリシアのことは除き、俺は他の全てを老夫婦に話した。
アイリスとの出会い、アスモデウスの復活、パトリックの呪い、パットとの別れ。
そして、ネルの運命・・・。
「むごい・・・なんと、むごいことか・・・。ララよ・・・。」
夫のジョセフはそう言い、涙を流した。
妻のロージーは嗚咽おえつするほど泣いていた。
アイリスはロージーの背中をさすっている。
「ああ、アイリスちゃん・・・。あなたも辛い目に遭ったのね・・。」
ロージーはそう言って、アイリスを抱きしめた。
抱きしめられたアイリスも、ついに耐えきれず、泣き出した。
突然、ジョセフがテーブルを
「わしは、わしは自分を呪う! なぜ! なぜあの時! ララを救いに行かなかったのか!?」
ネルの最後の瞬間を、この老人は知っているのか。
「わしは神を呪っておった! 神がララを殺したと!」
ジョセフは天を見上げて目をつぶる。
その体が震えているのがここからも分かる。
「だが、違った! 殺したのは、わしだ! 犠牲になるべきはこのわしだった!」
ジョセフは両手で顔を覆った。
指の間から涙がテーブルに落ちていく。
「わしは
ジョセフは身を
だが、悪魔が相手だ。
ただの人間に何が出来ようか?
この老人は、決して間違ってはいない。
俺は待っていた。
じっと無言で、ただ待っていた。
強制するのは嫌だった。
出来ればこの老夫婦を、これ以上苦しめたくなかった。
数分の時が流れた。
「団長殿、取り乱してしまい、申し訳ございません。」
ジョセフが俺に謝ってきた。
どうやら落ち着いたようだ。
「話して・・・いただけますか?」
ジョセフは
「魔神モロクスの軍勢に襲われていたのは、隣にある村、『ミッドプレーンズ』でした。ランチェスター王は、そこに騎士団と魔導士団を送り込みました。」
ミッドプレーンズはレッドバレー同様、モロクスに半壊させられた村である。
だが王国の兵士の活躍により、全滅を免れていると史実にある。
「ですが、モロクスは王の軍勢がミッドプレーンズに集中したのを見て、隣にあったこの村に、単身で攻め込んだのです。」
ジョセフはテーブルに肘をつき、顔の前で手を組んで続けた。
「このレッドバレーには兵士が一切おりませんでした。皆、ミッドプレーンズに加勢に行きました。そこをモロクスにつけこまれたのです。」
目をつぶったジョセフの
「いいようにやられました。まさしく、なぶり殺しです。それはそうです、戦えるものなど1人もおりません。モロクスは次々と村人を虐殺して回りました。そして―――。」
ジョセフの手が震える。
「隣のウィドリントン家をその手にかけたのです!」
そう言うと、ジョセフは顔を両手で覆った。
ウィドリントン―――。
ネルの本名は、ララ・ウィドリントンということか。
「私はララを助けに行くべきでした。なぜなら、突然現れた誰かがモロクスに立ち向かい、やがて追い払ったからです!」
ジョセフはまた拳をテーブルに叩きつけた。
「ご推察のように、ララと彼女の両親は殺されています。ですが、あとわずかでも・・・あとわずかでも誰かが時間を稼いだならば・・・。」
拳を打ち付けたまま、ジョセフは涙を流した。
この老夫婦は、ずっとそれで苦しんできたのか。
「お言葉ですがジョセフさん、それは思い上がりです。」
失礼だとは重々承知だが、俺はわざと
驚くジョセフに、炎の剣を見せながら俺は続ける。
「これは
ジョセフは、しばらく
だがやがて顔を両手で覆い、また涙を流した。
「ありがとうございます・・・。おかげで救われました、団長殿。」
ロージーもジョセフに抱きついて泣いている。
「ジョセフ・・・ああ、ジョセフ。今日のこの日に、この方々が来られたのもきっと運命ですよ。」
そういうとロージーは、泣きながらキッチンのかまどから何かを取り出して皿に載せた。
そしてそれを我々の前に持ってきた。
「今日はララの命日です・・・。お供えしようと、あの子の大好きなクッキーを焼いておいたのです。」
それは本当に美味しそうな、焼きたてのクッキーだった。
「お外でお留守番では
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