第30話【夢の中】

 謎の男である。

 このヴィンセント・クリスタルという男の素性すじょうが知れない。


 突然現れ、強大な炎龍やケルベロスを召喚―――。

 詠唱の仕方も奇妙だ。

 魔導書を読み上げながら魔法を使う魔導士など、彼以外では見たことがない。


 しかもルイッサの兄?

 なら、なぜ今までルイッサに会いに来なかったのだ?


 だが、ルイッサはもちろん、レスター国王も信頼している人物だ。

 俺が良し悪しを判断してはならない。

 詳しく聞きたかったが、今は会議中だ。

 あとでゆっくりルイッサに聞くとしよう。




 会議の内容は、


 Ⅰ.牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェインとの交渉

 Ⅱ.魔神モロクスの軍勢との攻防戦

 Ⅲ.ネルへの対応


 言うまでもないが、この3つだ。


 盗賊ブラックとの交渉には俺とアイリス、カイル、ルイッサ、そして奴とは因縁いんねんのあるテレンスが向かうことになった。

 テレンス自身は交渉に向かないだろうが、その経験から奴の行動を予測することができるだろう。


 交渉上手な大臣も連れて行きたかったが、相手は盗賊だ、危険を冒させるわけにはいかない。

 大臣とは、交渉時の譲歩の内容だけを打ち合わせた。


 交渉は難しいだろうが、『今までの一切の罪を許す』などがこちらの切り札である。

 それについては、被害の最も大きかった北東の国、ランチェスター王国の了解も得ている。

 ランチェスターと我がガーランド王国は親交が深いのだ。


 驚いたことに、ブラックの居場所はヴィンセントが調べてくれていた。

 魔法探査をしたのち、実際に近くまでおもむき、場所を特定したのだという。


 その場所はランチェスター王国領内にあった。

 ランチェスター中央部の荒れ地にある廃墟、『忘却の塔タワー・オブ・オブリビオン』。

 盗賊ブラックは、そこにひそんでいるという。


「恐らく、一筋縄ひとすじなわでは登れませんよ。」


 ヴィンセントは塔内に多くの仕掛けがある可能性を指摘した。

 一人で潜んでいるゆえ、侵入者を許さない仕組みになっているはずだとのことだ。


 同様に、呪術師の浮遊魔法で乗り込むことも否定された。

 塔自体が非常に堅固けんごであるうえ、塔上部には全く入口が見当たらなかったからだという。

 もっとも、攻撃などしてしまったら交渉にはならないが・・・。


 残りの議題であるⅡとⅢは、ルイッサとヴィンセントに全面的に任す形になった。

 モロクスが軍を再集結するのに時間がかかるとの予測から、城の防衛は騎士団と呪術師団で事足りると考えたのだ。


 ネルについても、まずは魔法探査をしてもらう必要があった。

 その際、『ネル』という名前は大きな手掛かりになるはずだ。




「会議中、失礼いたします! レスター国王にお取次とりつぎを!」


 1人の兵士が扉を開け、何かを訴えようとしている。

 国王の代わりにクリーブランド大臣が答える。


「どうした、騒々しいぞ?」


「私は中庭の修復を仕切らせていただいている者でございます。その修復中、を発見いたしまして・・・。」


「大変な物?」


「こちらでございます。おい、持ってくるんだ!」


 兵士が後ろに控えていた部下に命令をした。

 部下は冷や汗をかきながら、長い箱を運んできた。

 そして兵士がその箱を開けた時、俺は戦慄を覚えた。


「こ、これはティルフィング!?」


 それは、破壊王ハルファスが召喚した漆黒の魔剣『ティルフィング』であった。


「バカな!? ハルファスが死んだと同時に消滅したのではなかったのか!?」


 残ったのは炎の剣だけだったはず。

 召喚された武器は、ヴィンセントの召喚獣同様、魔法が解かれれば消滅する。

 それなのに、なぜ―――。


「魔剣ゆえ、でしょうな。これは非常に珍しいケースですね。」


 ヴィンセントは俺たちにそう説明した。


 ティルフィングは呪いの魔剣である。

 炎の剣は天界の剣ゆえ問題はないが、この剣だけは慎重に扱わねばならないだろう。

 漆黒に揺らぐ魔剣を見て、誰もが近づけないでいた。


 そう、この娘を除いては・・・。


「へー、破滅の剣ティルフィングが残ってたんだー? ふーん、結構カッコイイ剣じゃない?」


 そう言いながらティルフィングを手にし、ブンブン振り回した。

 俺のみならず、そこにいる誰もが、その行為に驚愕した。


「バッ、バカ、アイリス!? それは呪いの剣だぞ!?」


「やーねぇ、何を怖がっているのよ? 全く、だらしないわねぇ。」


 アイリスは剣を振り回しながらケラケラと笑っている。

 ヴィンセントはそれを見て苦笑する。


「我らが英雄様には、何も怖いものはないようですな。見たところ、確かに危険はないようです。」


 そのセリフに一同は胸を撫で下ろす。


「肝を冷やしたぞ、アイリス殿? わしは過去に痛い目に遭っておるからのぉ。」


 レスター国王も苦笑している。

 国王は呪いの武具による傷が、いまだに癒いえていないのだ。


「そうだ、良いこと思いついた! ねぇ、レスター国王?」


「ん、何かね?」


 アイリスがニコニコしながら言ったセリフは、我々を唖然あぜんとさせるものだった。


「この剣、私にちょうだい?」




「お前、二刀流は出来ないんじゃなかったか?」


 会議を終えた我々は騎士団室へ向かっていた。

 給仕のエイミーにネルを預けている。


「ん? 出来ないわよ?」


「じゃあ、どうしてティルフィングを?」


 アイリスにはすでに、ドラゴンスレイヤーの神剣グラムがあるのだ。


「んふふー。ひ・み・つ!」


「お前なぁ。まぁ、あっさりお前に預けた国王も国王だが・・・。」


 騎士団室に帰ってみると、エイミーの膝の上でネルが寝ていた。

 気を付けていたのだが、剣がガチャガチャする音を聞いて目が覚めてしまったようだ。


「あら、起こしちゃったわね。ごめんね、ネル。」


 寝起きのせいか、ネルはボーっとしている。


「何か飲む? ブドウのジュースがいい?」


 だがネルは答えず、アイリスのほうをまじまじと見つめていた。


「やーね、どうしたの? まだ眠たいの?」


「・・・ねぇ、アイリスお姉ちゃん?」


 ネルがようやく口を開いた。


「なーに?」


「ネルね、夢の中で男の人とお話ししてたの。」


「あら、誰とお話ししてたの?」


 返されたネルの言葉は、俺たちの想像をはるかに超えていた。


「パトリックさんって、アイリスお姉ちゃんのお兄ちゃんなの?」

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