第29話【説教】
ルイッサに兄が?
レスター国王がルイッサを救った話には、兄の存在など無かったはず・・・。
兄と呼ばれたその男は、我々の近くまで下りてきた。
だが、ルイッサには
「ふむ、まだオークが残っていますね。私が片付けてきましょう。あなた方は先に城に戻っていてください。」
そう言い残し、敵陣へと飛んで行ってしまった。
俺はまだ、礼すら言えていない。
ただ、この申し出はありがたかった。
ブライアンが動けぬ今、予備兵団の指揮を代わりに取らねばならなかったからだ。
それに軍全体を立て直す必要もある。
だが―――。
「いいのか、ルイッサ?」
「・・・ええ、いいんです。さぁ、ブライアンさんを神官の下へ運びましょう。」
いつも通りの口調でしゃべるルイッサだったが、その表情は少し悲しげに見えた。
ブライアンを神官に預けた俺は、アイリスを連れて国王や大臣たちの待つ会議室へと向かった。
敵には手痛いダメージを与えたから、しばらく攻め込まれることは無いだろう。
しかしネルのことなど、こちらにとっては頭の痛い問題がまだあるのだ。
会議室に入ると、先に戻っていたルイッサが、兄であるあの男に
「魔導士長ともあろうものが、何という
「おっしゃる通りです、申し訳ありません。」
ルイッサは
俺は我慢できず、2人の間に割って入った。
「近衛騎士団を預かるルーファス・アルフォードと申します。先ほどはブライアンを助けていただき、ありがとうございました。」
男は細身ではあるが、190センチを超える背丈を持っていた。
歳は20代後半といったところか。
眼鏡の奥の眼光は鋭く、並々ならぬ人生を送っていることが一目でわかる。
「ルーファス団長、ご名声は耳にしておりますよ。ブライアン殿の件は、お気になさらないでください。あれはレスター国王の指示に従ったまでです。」
そうか、レスター国王が・・・。
「重ねてお礼申し上げます。・・・失礼ですが・・・。」
「おお、これは失礼しました。私はヴィンセント、ヴィンセント・クリスタルと申します。」
クリスタル・・・。
ルイッサと同じ苗字だ。
やはり実の兄なのか。
「ヴィンセント殿、今回の作戦の総責任者は私です。全ての責任は私にあります。したがって処罰を受けるのは私なのです。どうか、これ以上ルイッサ魔導士長を責めないでいただけないでしょうか。」
一瞬だが、ヴィンセントは少し驚いた顔をしていた。
だが、すぐに鋭い目つきに戻った。
「ルーファス団長、
突然、えらい剣幕で割って入ったのはアイリスだった。
頭1つ以上も背の高いヴィンセントの胸を、人差し指でつつきながら
「ちょっと、たいがいにしなさいよ!? あなたねぇ、久しぶりに会ったんでしょう!? その妹をみんなの前でバカにするなんて、どういうことよ!? 信じらんない!! お兄さんなら、他にやるべきことがあるでしょう!?」
「なっ!? あ、あなたは何者ですか!?」
「アイリスよ、アイリス!! ルイッサの友達よ!!」
さしものヴィンセントも、これには面食らったようだ。
アイリスの言っていることは俺も言いたかったことではあるが、わざわざ低姿勢で説得した俺の努力が泡と消えてしまった。
「・・・そうですか。あなたがドラゴンスレイヤーの使い手、アイリス殿ですか。」
「そうよ、何か文句ある!?」
アイリスは腰に手を当て、いまだにご立腹な様子である。
それを見たヴィンセントは、逆にすっかり毒気が抜けてしまったようだ。
眼鏡を抑えながら苦笑する。
「フフフ、国を救った英雄に怒られてしまっては仕方ありませんね。でも私は何をすればよいのでしょうか?」
アイリスは腕を組んでヴィンセントを睨にらみつけている。
「ルイッサの好きにさせなさい!!」
ヴィンセントは、何を言われているのか全く分からない。
「え、ルイッサの好きに? それはどういう・・・おっ、と。」
ヴィンセントの胸にルイッサが飛び込んでいた。
両手で強くしがみついている。
少し肩が震えているのは、泣いているのであろうか。
「こ、こら、ルイッサ!? レスター国王や大臣たちが見ているのですよ!?」
その言葉を聞いたレスター国王はニヤリと笑い、ヴィンセントたちに背中を向けながらこう言った。
「あー、わしには何も見えんな。大臣たち、お前たちはどうだ?」
大臣たちも、一様にニヤニヤと笑いながら背中を向けて答える。
「あー、我々にも何も見えません、国王。何が起こっているのか、見当もつきません。」
「いや、しかし、レスター国王・・・?」
ヴィンセントは、すっかり
それを見たアイリスはニコニコ顔になって説教をする。
「ほらほら、お兄さんなんだからしっかりしなさいよ! アハハハ!」
年下の少女に説教を受けたヴィンセントは、溜息をついて苦笑した。
そこにはもう、あの眼光鋭い男の姿はなかった。
「あー、やれやれ、参りました。私の負けです・・・。」
そして抱きついたままであるルイッサを見やり、困惑しながらアイリスに尋ねた。
「しかしアイリス殿、私はこういう時、どうすれば良いのですかね?
アイリスは心底おかしそうに笑いながら彼の問いに答えた。
「ふふふ。バカねー、頭でも撫でてあげればいいのよ!」
そう言われたヴィンセントは、照れながらルイッサの頭を撫でた。
その時の彼は、優しげな兄の顔を見せていた。
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