第27話【黒い影】

「よし、打ち合わせは以上だ。ルイッサ、体は本当に大丈夫なのか?」


「ええ、行けます。大魔法でも1発は打てます。」


 戦術会議が終わった。

 騎士団と魔導士たちによる連携攻撃を城外で行うことになった。


 ただ、この作戦ではルイッサの大魔法が決め手となる。

 それを欠けば、一気に崩れてしまう。

 だから俺は、顔色の悪いルイッサに念を押したのだ。


「ケッ、たかが1万匹とはバカにしてるぜ! 目にものを見せてくれる!」


 特務隊長のカイルが叫ぶ。

 攻城戦には、相手勢力の5倍の人員で挑むのが勝利の方程式である。

 だがこちらの兵士は、我々騎士団だけでも2000人、さらに予備兵まで含めれば全部で5000人に達する。

 カイルがバカにしていると言ったのは、つまりそういう訳である。


 城門を閉め、ろう城することが最も楽な戦いとなろう。

 しかし時間をかけすぎると、オークどもが近くの村々を襲う可能性がある。

 そこで城外に出て、迎え撃つことになった。


 村人たちの避難には川を使う。

 レスター国王の指示で、村には予あらかじめ有事に備えて小舟が用意されており、村人たちはそれに乗って川を下るのだ。


「よし、槍を持て! 被害が広がらぬよう、速攻で片づけるぞ!」


「うおおっ!」


 集団戦においては剣はあまり役に立たない。

 リーチが短いうえ、相手が鎧を着けているとダメージがほとんど通らない。


 それに対し、槍は長く、重量も重い。

 振り回すだけで敵は近づけない。

 また鎧の上から殴ったとしても、その重さゆえ、敵は脳震盪のうしんとうを起こして倒れるのだ。


「アイリス、またお前を巻き込んでしまって悪いな。」


 アイリスも神剣グラムを背中に差しており、すでに戦闘態勢だった。

 女性用の鎧もあるのだが、動きにくくなるからと、アイリスは着けようとしなかった。


「気にしないで、ルーファス。それにたぶん、兄さんの呪いを通してモロクスに知られたんだと思うの。だったら、こっちのせい・・・。」


「・・・分かった。頼むぞ、アイリス!」


「オッケー!」


 槍ほど使えぬ剣でも、グラムのような魔剣は別だ。

 オークどころか、竜ですら一撃なのだ。

 もっとも、使い手がアイリスのような達人であれば、だが・・・。


 俺も一応、背中に炎の剣を差している。

 だが、正直言って、怖い。

 威力が強すぎて、味方まで巻き込んでしまいかねないからだ。


「俺はお前を尊敬するよ、アイリス。」


「え? な、なに言ってるのよ!? モニカさんじゃないけど、褒めたって何も出ないわよっ!?」


 馬を繋いでいる厩舎きゅうしゃへ向かう道を走りながら、俺は自分の気持ちを思わず声に出してしまっていた。

 俺の悪い癖だ、アイリスが顔を赤くしている。


 果てしなく強く、そして優しい心を持っている娘。

 お前は俺のことを強いだなどと言っていたが、とんでもない、お前のほうがずっと強い。


 お前はこの世界に必要な人間だ。

 俺が命に代えても守ってやるからな・・・。




 迫るオークの軍勢を見て、俺は騎士団と魔術師団を左右の二手に分けた。

 そして敵側に向かって開く形に、軍勢を斜めに配置した。


 城門に繋がる中央付近が薄いように見えるが、これは作戦なのだ。

 剣対剣ではありえない、魔法を使った戦法の1つである。


 左右斜めから俺たち騎士団が攻撃し、その後ろから魔術師が魔法攻撃をする。

 オークたちは自然と中央に寄ってくるだろう。

 分かりやすく言えば、敵の陣形がこちらの城門を頂点にした逆三角形になるのだ。


 その後がルイッサの出番だ。

 彼女の大魔法は放射状に射出される。

 つまりルイッサが城門の前から大魔法を放てば、敵は一網打尽になるのである。


「おっしゃ、来い! 薄汚うすぎたねぇ沼のオークども! 阿修羅あしゅら流奥義、泰山殲滅波たいざんせんめつは!」


 俺と同じ左側にいるカイルが槍術の奥義を馬上から繰り出した。

 円月状に放たれた衝撃波がオークの群れをなぎ倒す。

 この一撃で100匹は消し飛んだようだ。

 彼は隠密スパイを得意とする特務隊長だが、実は攻撃力も王国内でトップクラスなのだ。


 右側で怒声が響いた。

 あれはさっきまで一緒だった副団長のマイルズだ。

 あの2メートルもの巨体なら、重たい槍も何ということはない。

 事実、槍撃の破壊力で重装兵団のテレンスといつもトップ争いをしている。


「ルーファス、敵が円すい状になりましたわ。兵を下げてください。」


 ルイッサが魔法を使って思念で話しかけてきた。

 城門前にいるルイッサから見て円錐状、つまり当初の予定通り、敵の陣形をうまいこと逆三角形に出来たということだ。


「分かった、ルイッサ。マイルズにも伝えてくれ。」


「はい、後は任せてください。」


 魔術師が戦闘に加わることで、戦術は劇的に変わった。

 それまでであれば、各チームとの連絡は早馬はやうまか、狼煙のろしでも使わなければならなかった。

 それが今はどうだ、一瞬で意思の疎通そつうができる。


「よーし総員下がれ! ルイッサの出番だ!」


 俺は兵を下げた。

 遠くで良くは見えないが、マイルズ達も下げたようだ。

 オークどもは逆三角形の形のまま、真っすぐルイッサのいる城門に向かっていく。


「来たれ、不死鳥! 深淵の炎より生まれ、遠く天界の門に至れ! 我はなんじを求め、汝は我の願いに応えん!」


 ルイッサの大魔法の詠唱が始まった。

 直径20メートルに及ぶ巨大な炎の塊かたまりがルイッサの前に作り出されている。


 それを見たオークたちが恐れおののいている。

 だが、もう遅い。


「ゴー・エー・ディア・ナラーム・サラーム・カンダーラム・トゥー・サラバム! 怒り狂え炎! 我が敵を消し去れ! 神界轟炎聖導波ヘスティアブレイズ!!」


 ルイッサは光り輝く球体を右手に作り出し、それを炎の塊に投げつけた。

 炎の塊が爆音と共に弾け、それが何本もの高さ100メートルの炎の柱となり、オーク軍団に襲いかかった。


 その間、わずか20秒だった。

 20秒で1万ものオーク軍団は消滅、いや、焼滅した。

 残っているのは統制を失ったオークが100匹程度である。

 まさしく、大魔法だった。


「やったぜ、ルイッサちゃーん! 相変わらずスゲーなっ!」


 カイルが子供のようにはしゃぐ。


「わー、すっごい! ほんとに凄いわね、ルイッサ! なんか出番を奪われたみたいだけど、あんだけ凄いと全然悔しくないわ!」


 アイリスも称賛している。

 馬上での戦いには慣れていないらしく、思うほど戦えなかったせいもあるらしい。

 たしかに、何度も見ている俺ですら、彼女の大魔法には毎回驚かされる。


「よし、総員、城へ戻れ!」


 俺は騎士団に帰投命令を出した。

 そして片耳を押さえながら、ルイッサにも言葉を投げかけた。


「ルイッサ、良くやったな! 体は大丈夫か?」


 俺の声にルイッサは思念で答えた。


「ありがとう、ルーファス。大丈夫です。」


「そうか、良かった。じゃあ、あとはブライアンに任せよう。奴にそう伝えてくれ。」


 ブライアンとは、城門前で待機している予備兵団団長ブライアン・バンクスのことである。

 金髪の青年で有能なのだが、若いくせに髭を生やしているのでテレンスに睨にらまれている。

 彼の指揮している予備兵団は、普段は農耕や狩猟を行っている国民から成り立っている。


 予備兵団は、定期的に城に来て修練こそ積むのだが、我々のように訓練されているわけではない。

 当然、オーク軍団と直接戦えるほどの技量はない。

 だが、こうやって壊滅的な状態に追い込んだあとであれば、彼らでも容易たやすく倒せるだろう。

 今後のこと考えると、彼らにここで経験を積ませておく必要があるのだ。


「オーケイ、オーケイ、ルーファス団長! おし、行くぞ野郎ども! オークを狩って、土産話を女房に持って帰れ! 全軍突撃ー!! 俺に続けー!!」


 ルイッサの思念を通してブライアンの突撃命令が聞こえてきた。

 彼が部下に人気なのは、この言葉からも見て取れる。




 魔力を使い果たして座り込んでいるルイッサを連れ帰るため、俺は城門前へ急いだ。

 近づくと、ルイッサは照れて顔を赤らめた。


「英雄のご帰還だ、胸を張って帰ろうぜ!」


 そう言いながら、俺はルイッサを抱き上げ、馬上に乗せた。


「いやですわ、ルーファス。からかわないで!」


 ルイッサは顔を真っ赤にしている。

 ブライアンと同じくルイッサに人気があるのは、能力があるのに、こうやって決して偉ぶらないところなのだろう。


 完全勝利―――。

 まさしく胸を張って帰還できる戦いであった。

 いや、そのはずであった。


「ルーファス、大変です! 何か・・・来ますっ!」


 ルイッサが突然、顔を青ざめながら空を指差して叫んだ。

 その方向を見ると、東の空が黒くなっている。

 いや良く見ると、無数の影が動いている。


 鳥?

 いや違う、あれは・・・!?


「まずい!? ブライアン、戻れ! 飛竜ワイバーンだ!!」

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