第26話【雄叫び】
副団長のマイルズに子供は二人いる。
姉のケイシー、そして弟のエディーは、共に5才の双子である。
「早く早く、こっちにおいでよー! 置いてくぞー?」
「あーん、二人とも待ってー!」
先に走り出したケイシーとエディーをあの少女が追いかける。
ここは城のすぐそばにある丘の上である。
見晴らしがよく、ラベンダーが自生している美しい丘だ。
今日は、マイルズ親子とアイリスたちとでピクニックに来ているのだ。
ケイシーとエディーは、すぐに打ち解け、仲良くなってくれた。
マイルズの妻であるモニカは非常に良く出来た人物である。
子供たちの気立てが良いのは、きっと彼女の教育の
「すみません、モニカさん。俺にはああいう小さい子の扱いが分からなくて・・・。」
「ふふふ、こういうご依頼であればいくらでも引き受けさせていただきますわ。それに、あの子たちも友達が増えて喜んでいます。」
モニカは、そよ風になびいた髪を手で押さえながら、優しげな表情で子供たちを見守っている。
見守るその瞳も、髪と同じくブラウンである。
マイルズは2メートルを超える大柄な男だが、モニカのほうは逆に、女性の中でも小柄な方だ。
まさかこれだけ身長差のある二人が結ばれるとは、誰も、夢にも思わなかった。
結婚式でマイルズが片膝をついてキスをしたことは、いまだに話のネタになっている。
「でも、心配なのはアイリスちゃんのほうね・・・。お話は主人から伺いましたわ。」
アイリスはラベンダーの中にうずくまったまま動かない。
「アイリスには、あまりにも色々とありました。立ち直るには時間がかかるでしょう。」
「ラベンダーの香りには心を落ち着かせる効果もありますわ。ここへピクニックに連れてきたのは正解だと思います。」
そこへケーシーがあの少女・・・・を連れてやってきた。
手には小さな花輪が握られている。
「ねぇねぇママ、見て見て! ネルちゃんってね、お花で首飾りを作るのが得意なのよ? ほら、すごいでしょー?」
「え? ネルちゃんって・・・?」
モニカは驚いてケーシーに聞き返す。
それをケーシーに代わってエディーが答える。
「なんかこの子が言ってたから、そう呼んでるのー!」
突然出てきた人の名に俺も
まさか―――。
「お嬢ちゃん、自分の名前を思い出したのかい?」
俺の問いに、少女はニコニコしながら答える。
「んーとねー、よくわかんない! でもね、なんかそのお名前ね、覚えているの!」
ネル、か。
少女の過去を探る手掛かりになるかもしれない。
「あなたー、ここよー!」
手を振るモニカの視線の先にマイルズがいた。
両手に荷物を持って丘を上ってくる。
「さぁさぁ、パパがお弁当を持ってきてくれたから、お昼にしましょう!」
「わぁーい!」
「もー、おなかペコペコー!」
子供たちがはしゃぐ。
モニカはアイリスにも呼びかけた。
「アイリスちゃん、おばさんのお弁当は美味しいわよぉ~? さぁ、いらっしゃい!」
優しい呼びかけにアイリスは小さく頷うなずく。
「おーら、お待たせ!」
マイルズは到着するとシートを広げた。
「わ、きれい・・・。」
アイリスが思わず声に出したのも無理はない。
このシートはモニカお手製の織物である。
ラベンダーの丘で遊ぶ妖精が編み込まれている。
「すごい・・・。」
「モニカさんは、
アイリスはシートを撫でまわしながら感心している。
「ふふふ。でも驚くのはまだ早いわよ、アイリスちゃん?」
そういうとモニカは弁当をシートの上に広げた。
「おお、これは・・・。」
俺のほうが声に出してしまった。
弁当はサンドイッチなのだが、その中身がすごい。
海でとれた大エビを蒸したもの、牛肉をワインで長時間煮込んだもの、何種類ものスパイスに漬け込んだ鶏肉を丁寧に焼き上げたもの・・・。
「・・・レスター国王でも、これほどのサンドイッチは食べたことが無いんじゃないか?」
「ふふふ。ルーファスさん、お世辞を言ってもこれ以上は何も出ませんよ?」
全く、こんなのを毎日食べることのできるマイルズが羨うらやましい。
「アイリス。モニカさんはな、城塞都市で開かれる料理大会でいつも優勝・・・。」
そこまで言いかけてやめた。
アイリスは食べるのに夢中で、俺の話に全く聞き耳を持っていなかったからだ。
子供たちですらその姿に唖然としている。
俺はマイルズ夫妻と顔を見合わせて笑った。
それに気づいたアイリスが顔を真っ赤にしている。
良かった、少しは立ち直れたようだ。
最後に控えていたデザートは、大粒のブドウだった。
ネルにとっては初めて見る食べ物だったらしい。
「ほら、こうやって食べるのよ? やってごらん?」
アイリスがネルに食べ方を教えている。
「そうそう、上手ね!」
ネルはアイリスに褒められて嬉しそうだ。
「はい、アイリスおねーちゃん、あーんして!」
「あーん! うん、美味しいね?」
「うん!」
他人から見れば、2人は仲の良い姉妹に見えることだろう。
不穏な予感が
馬に乗った兵士が1人、東の方から城に向かって全速力で走っていくのが丘の上から見えたのだ。
「・・・マイルズ!」
マイルズもそれに気づき、険しい顔になった。
「団長、これは何かありますね・・・。」
東―――。
すなわちモロクスのいる方向だ。
俺は外していた剣を腰に差しながらマイルズに命令した。
「俺はアイリスとネルを連れて先に城へ帰る。お前は家族を避難させろ。」
しかし俺の命令は、意外な形で拒否された。
「マイルズ、あなたはルーファス団長とすぐに城へ行ってちょうだい。」
モニカだった。
彼女は俺の方を向いてこう続けた。
「私は近衛騎士団副団長の妻です。家族を守る程度のことは私1人で十分です。」
力強い言葉だった。
キリッと結んだ口が覚悟の大きさを物語っている。
頼もしい、その言葉に乗らせてもらおう。
「よしっ、行くぞマイルズ、アイリス!」
王宮内は騒然としていた。
兵士は大ケガをしており、応急処置を受けながらレスター国王に
だが、報告を最後に息を引き取ったらしい。
謁見の間にはレスター国王の他、クリーブランド大臣もいた。
「大臣、何があったのです?」
「おお、ルーファス殿!?」
振り向いた大臣の顔は青ざめていた。
「オークじゃ! オーク軍団がこの城に向かっておる!」
「なんと!? 敵の数は?」
「1個師団ほどだと兵士は言っておった。」
1個師団は1万人に相当する。
いや、オークだから1万匹か。
「途中の村々には目もくれず、真っすぐにこの城に向かっているとのことじゃ。その統率された動きから見るに、モロクスの軍団とみて間違いないであろう・・・。」
オークとは、身の丈2メートルほどで、猪のような顔をした怪物のことだ。
知性が低いため、近くに村があれば食料を求めて襲うはずなのだ。
それをしないということは、何者かに操られているということだ。
「団長、ようやく我々近衛騎士団の出番が来ましたな?」
声の方に振り向くと、特務隊長のカイルがニヤニヤしていた。
「魔剣を持った悪魔はさすがに願い下げですが、その程度の数のオークなら騎士団だけで狩れますぜ!」
オークは力が強く、武器も扱える戦士タイプの怪物である。
だが前述のように知性に
奴らは鍛え上げた騎士団員の敵ではない。
「皆の者、静粛に!!」
レスター国王の怒号である。
「これは命を
雄叫びが謁見の間に響き渡った。
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