第25話【糸口】

「ねー、ここはどこー?」


 緑の瞳で辺りをキョロキョロ見回しながら少女が尋ねた。

 その身に妖気は感じられない。

 敵では・・・ない。


「・・・お嬢ちゃん、名前を教えてくれるかな? 俺はルーファス、その子はアイリスだ。」


「私のお名前ー? んーと、んーと・・・。」


 額に人差し指を当てて考えている。

 懸命に思い出そうとしているようだ。


「うーん・・・分かんない!」


 照れた表情で少女はそう答えた。

 記憶を失っているのだろうか。


「・・・無理よ、ルーファス。と一緒・・・。」


 アイリスはしゃがみこんだまま、うつむいて静かに涙を流していた。


も、パットは何も覚えていなかったわ。」


 それを聞いた途端、俺の体に電撃が走った。


「なにっ!? まさか、この子は!?」


 何ということだ―――。

 悪魔に殺され、パトリックの呪いの触媒にされた1人か。


「ねーねー、どうしたのー? おねーちゃん、泣かないでー? 痛いとこあったらでてあげるからね?」


 優しい言葉を少女はアイリスにかけた。

 だが、それが逆につらかったのだろう、アイリスは大声を上げて泣きだしてしまった。


「わー!? よしよし、大丈夫よ、おねーちゃん? もう大丈夫だから泣かないで?」


 少女は、自分が泣かせてしまったものと思い込んだようで、必死にアイリスをなだめていた。




 緊急で開かれた会議であったが、長い沈黙が続いていた。


「・・・モロクスに殺された少女とみて間違いないようだな。」


 ようやく国王が口を開いた。

 腕を組んだ国王の顔は、苦渋に満ちていた。


「はい、レスター国王。アイリスの記憶とも合致がっちしております。」


 これは辛い報告だった。

 居合わせた大臣たちは、ある者は頭を抱え、ある者は円卓に拳を叩きつけている。


「どうすればいいんじゃ、国王よ・・・。モロクスを倒して呪いを解けば、その子は・・・。」


 年配の大臣が苦悩する。

 王は腕を組んだまま無言であった。


 人であれば悩むのは当然だ。

 あの少女はモロクスの呪いで転生したに過ぎない。

 呪いを解けば、パット同様、彼女の魂は天に帰ることになる。


「彼女の意思も聞かずして、我々が決めて良いことかどうか・・・。」


「じゃあ、5才の少女に『国のため、世界のために死んでくれ』と頼むのか!? バカな!! 出来るわけがない!!」


「ならば、何も言わずにモロクスを倒すのか? それこそ人道にもとるではないか!」


「世界の破滅が迫っているのだぞ!? 綺麗ごとを言っている場合か!?」


「・・・わしには出来ん。孫の顔が浮かんでくる、わしには殺せん。」


 その時、王は手を挙げて皆の言論を制した。


「ルーファスよ、パットの素性をどうやって知ったのだ?」


「パトリックの魔法探査の結果に、王宮書庫の記録を照らし合わせました。」


 パットことコリン・イーストンの記録は、落ち込んだアイリスを慰めるため、俺がパトリックとルイッサに頼んで見つけてもらったのである。


「なるほど・・・。そうであるならルイッサ魔導士長の回復後、探査に挑戦してもらうとしよう。少女の過去が分かれば、解決の糸口が見つかるやも知れぬ。」




 騎士団室に帰ると、アイリスの膝の上で少女が静かな寝息を立てていた。

 アイリスは少女の髪を優しく撫でていた。


「世話を任せてしまって悪かったな。」


 アイリスはもう落ち着いている。

 だが、瞳の色は悲しいままだった。


「ねぇ、ルーファス・・・。」


 アイリスが俺に問いかける。


「私たち、この子も殺さなければならないの?」

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