第23話【牙狼】

「敵が魔神モロクスと分かった以上、有効なダメージを与えることのできる龍脈術師ガイアドライバーを討伐隊に入れねばなりません。・・・本来ならば私自身が解決すべきところです。しかしながら私の体は今こういう状態であり、申し訳ありませんが皆様の助勢をお借りしたい。」


 パトリックはアイリスに付き添われたまま、椅子に腰かけていた。

 円卓に椅子はないのだが、彼が無理をして立っていることに気づいた大臣たちが用意したのだ。


「世界を救っていただいた英雄に恩返しできる、栄誉ある戦いでございます。本望でございます。」


 クリーブランド大臣の言葉は、まさしく我々の総意である。

 俺自身も、アイリスの兄がこんな状況になっていることに居ても立っても居られない。


「その龍脈術師について各国に当たってみましたが、結論から申しますと、加勢を受けることが難しい状況です。特にガーランドと親交の深い隣国ランチェスターとスタンスフィールドに限って言えば、両国とも多くの龍脈術師が失踪しているようです。」


 大臣のセリフに重装兵団ヘビーアーマー団長のテレンス・ワイラーが驚く。


「なっ、失踪ですと!? なぜ・・・いや、考えるまでもないことか、ぬぅ。」


 テレンスは額に手を当てて唸うなった。


「ええ、モロクスが絡んでいることは間違いないでしょう。それに、北のレッドグレイブ帝国から一切の返答が無いことも不気味です。」


 レッドグレイブ帝国は、大陸の4割以上の面積を誇る軍事大国である。


「なにっ!? まさかっ!?」


 慌てるテレンスをクリーブランド大臣が諫いさめる。


「いやいやテレンス殿、結論を急いではなりません。ただ、もしもこれが国家をも巻き込んだ陰謀であれば、我々も心してかからねばなりません。」


 円卓は静まり返った。

 あのレッドグレイブ帝国が悪魔に与くみするだと?

 バカな、魂でも売ったのか?


「ま、まぁしかし、いつものクリーブランド大臣であれば、ここで秘策を披露ひろうしてくれるところであろう?」


 額に冷や汗をかいているテレンスが、自慢の髭をいじりながら、からかうような視線を大臣に向けた。

 普段であれば見事な秘策で窮地をくぐり抜ける大臣であったが、今日は顔をしかめ、ため息までついている。


「はぁ・・・パトリック殿・・・やはり、あやつ・・・を? ・・・ぬぬぬ。」


 パトリックが苦笑して答える。


「大臣、もうそれしかないでしょう。覚悟を決めましょう。」


 2人は何を言っているのだろうか。

 テレンスが我慢できずに割り込む。


「むむ? 何を話されておるのだ?」


 大臣はまたため息をついた。

 そして次に出た言葉に、我々一同は驚愕することとなる。


「・・・牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェインを討伐隊に加えます。」


「なっ!? 盗賊ブラックですとぉーっ!?」


 テレンスが顔を真っ赤にして怒り狂っている。




 会議の後、パトリックは大事を取って寝室で休んでいる。

 驚いたことに、復活してから今まで一睡もしていないという。

 回復系の魔法をうまく利用すれば1週間は寝ずに仕事が出来る、後からそうルイッサに教えられた。

 凡才の俺にはついていけない世界だ。


 アイリスはパトリックが寝るまで傍そばについていたようだ。

 寝顔が安らかだったと、ホッとした顔で騎士団室に戻ってきた。


「ねぇねぇ、盗賊ブラックについて詳しく教えて?」


 テーブルを挟んで向かいの椅子に腰かけ、興味津々しんしんの顔で聞いてくる。


「・・・ただの盗賊だ。」


 そっけない俺の態度に、アイリスは怒り出した。


「ねぇーってばぁ! もっと詳しくぅ! 義賊だってホント?」


「義賊だろうが何だろうが、盗賊には違いない。」


「えー? だってカッコイイじゃなーい? 弱き者からは盗まず、悪い金持ちからだけ盗むなんて・・・。」


「どっちだろうと犯罪には違いない。それに金持ちが必ずしも悪人とは限らん。だいたいにして、お前だって大きな給金を国王からもらっているじゃないか? お前も奴のターゲットだぞ?」


「え? あれ、そんなに大きな金額なの?」


 素で驚いている。


「・・・知らないでもらっていたのか?」


「え、あー・・・何というか、その、感覚がかなくて・・・ヘヘヘ。」


 アイリスは答えにきゅうしている。


「はー・・・まぁ、あんな所に住んでいればそうもなるか。」


 アイリスの育った村は、ドラゴンの巣、ミネルバ山脈の山頂にあった。


「なっ、なによー!? 人を絶海の孤島に住む原始人みたいに言わないでよっ!?」


 アイリスは怒っていたが、俺は思わず笑ってしまった。

 俺は騎士団室の書棚から1冊の本と、自分の机から1枚の紙きれを持ってきてアイリスに渡した。


「わぁーー、イッケメーン!」


 ニコニコ顔のアイリスに俺が渡した紙きれは、ブラックの人相書にんそうがきが載っている手配書である。

 本の方は奴の能力まで詳細に書かれた犯罪録だ。


 牙狼盗賊ブラック・ウェインは腕の立つ剣士であり、また同時に大陸でも5本の指に入る龍脈術師でもある。

 窃盗を行っているのは主にランチェスター王国においてだが、我らがガーランドにも被害はあった。

 そして、盗賊ブラック討伐隊が編成された。


 当時、ブラックの討伐隊を指揮していたのはテレンスだ。

 だがブラックの幻術で返り討ちに遭い、部下ともども身ぐるみをはがされるという醜態をさらしてしまった。

 テレンスが怒り狂っていたのはこれが理由だ。


 ここまでが本に書かれた記録である。

 だが、我らがアイリス様はご興味ない様子である。


「あー、この『悪人風』って感じがいいのよねぇ~! ワルだけど、成りきれてないって言うの?」


「・・・知らん。」


「もぉー、ルーファスったら連れないわねぇ~! ねぇねぇエイミー、見て見て!」


 エイミーは騎士団室で給仕をしている娘だ。

 ショートカットの茶髪が良く似合う、優しい顔立ちをしている。

 年齢が近いせいか、2人は仲が良い。


「わっ、本当ですね、アイリス様! 影がありそうなところ、とても好きです。」


「でしょ? でしょ? やっぱり分かってくれたか、我がいとしのエイミー!」


「きゃー、アイリス様ったらー!」


 ふざけてエイミーに抱きつくアイリス。

 ほんのひと時ではあるが、嫌なことを忘れて楽しんでいる。


 これが本来の少女たちの姿であるはずだ。

 あんな重荷は背負わせたくない。


 だが、そんな俺の思いは神に届かなかったようだ。

 騎士団室の扉を開けて届けられたその知らせは、アイリスをまた残酷な世界に引きずり込んだ。


「アイリス様!! 大変です、パトリック様のご様子が!!」

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