第22話【魔神】
ガーランドの城は
城塞都市は、城と街を丸ごとぐるりと城壁で囲ったものだと考えれば理解しやすいだろう。
普段は城門を開いて商人の出入りを認めている。
城門を閉めるのは戦争時だけである。
城塞都市の中には騎士団員の宿舎も備蓄倉庫もあり、
城壁は、空から見下ろすと巨大な正八角形になっている。
通常、城壁の素材はコンクリートと
これに魔導士が魔法をかけて強化してあるのだ。
出来上がった城壁は物理攻撃にも呪法攻撃にも強い。
パトリックの解呪をわざわざ中庭で行ったのはこれが理由だ。
そのクリスタルのせいで、ガーランドの城壁は日や月の光を受けるとキラキラと輝く。
誰が名付けたかは知らないが、これが「ダイヤモンドキャッスル」と呼ばれる
今日の会議も、そのダイヤモンドキャッスルで行われる。
だが、緊急の会議であった。
パトリックに異変が起こったのである。
「パトリック、体の方はどうだ?」
レスター国王がパトリックをねぎらう。
パトリックの顔はまだ青白いが、立って歩けるほどには回復していた。
「ご心配、かたじけなく存じます。呪いの方はだいぶ落ち着いております。」
「そうか・・・。知らせを聞いた時は驚いたぞ。」
正直、あの時は驚くなどというレベルではなかった。
昨夜遅く、王宮書庫でそれは起こった。
パトリックとルイッサが魔導戦争の記録を丹念に調べていた矢先、突然パトリックが苦しみだした。
服の背中の部分が弾けたかと思うと、解呪の時に見た
俺とアイリスも調べ物のため、たまたまそこに居合わせた。
だが、手に負えなかった。
強烈な妖気がパトリックを覆っていたからだ。
妖気は黒い稲妻の形をして周囲を
必死で兄を助けようとしたアイリスを俺は止めた。
悔しいが、俺にはそれしか出来なかった。
しかしパトリックは、さすがは天才魔法剣士と言われるだけあった。
苦悶に満ちた表情こそしながらも冷静に術式を読み取り、呪いを分析していたのだ。
そしてそれが
アイリスは目に涙をためて兄に付き添っている。
我々は円卓の周りに集まっていた。
円卓は、上下の区別なく意見を言い合えるように用意されたものである。
この円卓に椅子は用意されていないのだが、ルイッサは夜通し死に物狂いで魔法探査をしたため、今は疲れ果てて長椅子に横になっている。
「書庫を損傷させてしまったことをお詫び致します。また、私が至らないばかりに、ルイッサ魔導士長にも大変なご負担をおかけしてしまい・・・。」
そこまで聞いたレスター国王は、怒ってパトリックを叱りつける。
「そんなことは気にせんでよい! そもそもそなたたち兄妹がいなければ、我が国はおろか、世界そのものが破滅の危機に瀕しておった。それにルイッサの件は、本人が自ら望んでやっていることだ。彼女の意思を君は踏みにじる気かね!?」
「・・・レスター国王。」
国王の言葉は一聴すると荒々しいが、深い情愛に満ちていた。
パトリックもその優しさに打たれたようだった。
「皆様、魔法探査の結果をお話しします。あ・・・。」
横になっていたルイッサは起き上がろうとしたが、疲労から立ちくらみを起こしたようだ。
付き添っていたクリーブランド大臣が慌てて体を支える。
「ルイッサ殿、無理をなさいますな! 常人なら10分と持たない魔法探査を夜通しかけていらしたのですぞ!? 王へのご説明であれば私が致しますので、どうかお休みになっていてください。」
クリーブランドは、レスター国王が地方の一領主に過ぎなかったころから付き従っている大臣である。
白髭の似合う優し気な顔をしたこの大臣に、レスター国王は絶対の信頼を置いている。
「・・・クリーブランド様。申し訳ありません、よろしくお願いします。」
長椅子に戻されたルイッサは、それだけ言い残すと眼を閉じて動かなくなった。
「・・・大丈夫です、魔導士長は気を失われただけです。」
クリーブランドの言葉に、一同は胸を撫で下ろす。
年配のクリーブランドがルイッサに敬語を使うのは、この国の
俺の
「それでは、
大臣は円卓にディアナ大陸の地図を広げた。
「おおクリーブランド殿、ちょっと待っとくれ。」
テレンスが割り込んできた。
「先ほど『魔法探査』とか何とか言っておられたが、それは一体、何を探査されていたのかな?」
テレンスたち重装兵団は領地内の調査から戻ったばかりで、事の次第をほとんど知らないのだ。
「ああ、これは大変失礼いたしました。パトリック殿の身に起こった、呪いによる異変のことからお話しすべきでした。」
大臣はテレンスに頭を下げた。
テレンスは「よせやい!」と言わんばかりに顔をそむけて手を振った。
「今回パトリック様に襲いかかった呪いが龍脈術式を苦手としたことから、その呪いをかけた敵の正体が判明したのでございます。」
「ふむ。して、そやつの名は?」
テレンスの問いに、クリーブランドは一呼吸おいてから答えた。
「その悪魔の名は、地獄の侯爵、魔神モロクスでございます。」
「モロクスだとっ!? あの牛の頭をした化け物か!?」
魔神モロクスは身の丈が7メートルある悪魔である。
怪力で巨大な斧を振り回し、無数の『使い魔』を呼び寄せるという。
体こそ人の体をしているが、頭はテレンスの言う通り、牛のものなのだ。
「はー・・・全く、伝説級の化け物ばかりだのぉ。
テレンスは深いため息をついた。
「で、クリーブランド殿、そのモロクスのやつはどこにいるのかね?」
「我がガーランド王国の東方、ハードキャッスル帝国にある沼地の洞くつでございます。」
「ハードキャッスルの沼地か・・・。しかし、あそこは沼地だらけだぞ? 見つけるのは骨が折れるぞ?」
「大丈夫でございます、ここでございます。」
クリーブランドは地図でハードキャッスル帝国領土の一部を指さして答えた。
「このクロセル湿地帯の中心に位置する『龍神洞』、そこにモロクスはおります!」
我々一同は目を疑った。
そこはガーランドから目と鼻の距離にあった。
「この龍神洞にはドラゴンが棲すんでおります。姫の成人の儀式を竜が襲ったことをルーファス殿は疑問視されてらっしゃいましたが、恐らくモロクスがそこのドラゴンをけしかけたと推測されます。狙いは『精霊の弓』でしょう。」
そういうことか、それなら合点がてんがいく。
「しかしまぁ、良くそんな詳しく場所が分かりましたなぁ・・・あ、そうか・・・。」
テレンスはそこまで言って、それがルイッサの魔法探知の成果だと気づいた。
「いやはや感服いたしましたぞ、ルイッサ殿・・・。」
そう言うとテレンスは、長椅子で眠るルイッサに頭を下げた。
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