第21話【ルイッサ】

 騎士団室のテーブルに額を押しつける格好かっこうでアイリスが落ち込んでいる。


「はぁ・・・。」


「どうした?」


「はぁ・・・。」


「・・・『はぁ』じゃ分からん。」


 額をテーブルに付けたままアイリスが愚痴を言い始めた。


「魔法よ、魔法・・・。」


「ああ、どこの国の魔法が使えるのか、ルイッサがテストするって言ってたな。・・・で、どうだった?」


「・・・言うの?」


「そこまで言ったなら言えよ。」


「・・・。」


 アイリスはモゴモゴと何かをしゃべった。


「なんだ? 聞こえないぞ?」


 突然、アイリスは怒りに満ちた顔で体を起こし、握った両手でテーブルを強く叩いた。


「全滅よ! ぜ!ん!め!つ!」


「・・・ククッ。」


 アイリスの額に赤いあとが付いているのを見て思わず笑ってしまった。

 怒り出すかと思ったが、俺の視線に気づき、アイリスは慌てて前髪で隠した。


「もう、どこの国の魔法も全く使えなかったわよ!」


 そう言うと、ムスッとした顔でそっぽを向いた。

 その状態でまた愚痴を言い始めた。


「なんなのよルイッサって! 全ての国の魔法が使えるんですって!? ああ、嫌味いやみっぽい!」


「・・・そう言うな、アイリス。あの子は特別だ。」


 それを聞いたアイリスはさらにキレた。


「ハイハイハイハイ、どーせ私は凡人ですよーだ! フンッ、ルーファス嫌い! イーだ!」


 俺の方に向き直って悪態をついた後、またそっぽを向いた。

 放っておいていいものだろうか。

 いや、この大事な時期にそれは・・・。


「アイリス、ルイッサはな―――。」


 変に2人を仲違なかたがいさせても良くはない。

 ルイッサに許可なく言うのは気が引けるが・・・。


「目の前で両親を殺されているんだ。」


「・・・え?」




 10年前の魔導戦争は各地に大きな被害をもたらした。

 このガーランド王国もそうだ。

 あの頃はまだ建国したばかりで、整備が不十分な状態での苦しい戦いだった。


 そんな中、1つの村が悪魔の手に落ちようとしていた。

 悪魔の名前はサレオス。

 魔王親衛隊の一匹である。

 そのサレオスが、配下のリザードマン2000匹を引き連れて村を襲撃したのである。


 相手が魔王親衛隊と聞き、レスター国王は精霊の弓を片手に自ら討伐に乗り出した。

 討伐軍は1個旅団、すなわち5000人で構成された。


 数では勝まさったが、敵のリザードマンは簡単に倒せる相手ではなかった。

 身の丈たけ3メートル。

 顔はトカゲそのもので、体は固い鱗で覆われていた。

 力も強く、巨大な槍を振り回しているため、近づくこともままならなかった。

 だが火炎魔法に弱いことが判明し、魔導士軍団の援護を受ける形で討伐軍は次々とリザードマンを倒していった。




 その時、レスター国王は強烈な悪寒を感じたという。

 危機を感じた国王は、兵の制止も聞かずに一人、馬で飛び出した。

 妖気の元をたどり、騎乗したままその屋敷に入った国王の前に現れたのは、巨大なワニに乗った荒々しい剣士の姿をした悪魔、サレオスであった。


 屋敷の中は、見るも無残な光景であった。

 使用人と思われる人間の死体がバラバラになって飛び散っていたのだ。


 身の丈5メートルはあろうかというサレオス。

 その右手が持つ槍の先には、屋敷の当主と思われる男が突き刺さっていた。

 ワニの口には妻と思われる女性の姿がある。

 そしてサレオスの左手の中には、小さな子供の姿があった。

 子供の恐怖に引きつる顔を楽しみながら徐々に絞め殺す、まさしくその瞬間にレスター国王は鉢合わせたのだ。


「おのれ、悪魔めがー!! 精霊空裂光子弓バーストショット五連!!」


 馬上から放たれた光の矢は、悪魔とワニを切り裂きながら貫いた。

 レスター国王、怒りの5連撃である。


「うがああああああっ!?」


 断末魔の悲鳴を上げるサレオスの手から子供が解き放たれた。

 5メートルの高さからの床への落下。

 命を失わないまでも、ケガをすることは避けられまい。


 だが、落ちなかった。

 床には落ちなかったのだ。


 その子供は怒りの形相で宙に浮いていた。

 体はまぶしい光に包まれている。


「な、なんだコイツは!?」


 狼狽ろうばいするサレオス。

 レスター国王はその時、子供の前に巨大なエネルギーが集まるのを見たという。

 次の瞬間、巨大なエネルギーは弾となり、サレオスを屋敷ごと吹き飛ばした。




 レスター国王が気が付いたのは、それから10分ほど経たってかららしい。

 国王は衝撃と爆音でフラフラとなりながらも立ち上がったが、その光景を見て、驚きのあまりその場で立ちすくんだという。


 村が無くなっていた―――。

 正確には村の半分だが、エネルギー弾が射出された方角の全てが無くなっていたのだ。


 村だけではなかった。

 その先のはるか彼方かなたに大きな山脈があったのだが、真ん中あたりが吹き飛んで2つの山脈に別れてしまった。

 そう、北方のスタンスフィールド王国とランチェスター王国の北にある山脈は、この時にミネルバ山脈とヘルシリア山脈に別れたのだ。




「国王の目の前には、おびえて居すくまる子供が1人いたそうだ。彼女はその巨大なエネルギー弾を放った張本人なのだが、これがルイッサだ。槍に貫かれた男は父親、ワニのは母親だ。」


 アイリスは口に両手を当て、絶句していた。


「山脈をも吹き飛ばす危険な子供ではあったが、国王は知っての通りあの性格だ、見捨てることが出来ずに王宮で保護することになったらしい。」


 アイリスは絶句したまま、微動だにしない。


「調べによると、殺されたルイッサの両親は有名な魔法研究家だったらしい。ルイッサは物心つく前から魔法の鍛錬を受けていて、並の子供とは格が違ったらしい。だが―――。」


 俺はワインを1口飲んでから続けた。


「さすがに山脈を吹き飛ばすほどの魔力は持っていなかった。これは学者の研究報告なのだが、人間の脳というものは、死ぬ直前まで酸素の供給を止めてからまた酸素を与えると猛烈に活性化するらしい。恐らくルイッサも、幸か不幸か、サレオスに首を絞められたおかげで『力』に目覚めたのではないかと・・・。」


 ルイッサには悪いと思いながら、俺はワインを飲んで話を続けた。


「ルイッサ本人は、当時のことを全然覚えていないらしい。その力も、その時以降は一切、表に出ていない。ただ魔法に関する能力だけは飛躍的に上がったようで、それはお前も知っての通りだ。」


 ああ、いかんいかん。

 飲み過ぎたのか、しゃべり過ぎてしまった。


「そういうことだったのね・・・。私、ルイッサに、ひどいこと言っちゃった。」


 うつむきながらアイリスが言う。


「お前が思うほど心の狭い子ではない、心配するな。」


 アイリスは深く後悔している様子だった。

 しかし何かに気づいたようで、また俺に話しかけた。


「あ、そういえば・・・。」


「どうした?」


「私が小さい時、ダリル叔父さんが『神の怒りだ!』と騒いでいたことがあったんだけど、ひょっとしてそれのことかしら?」


「何だって? まて、お前たち光の一族の村はどの辺りにあるのだ?」


「え? ミネルバ山脈の頂上だけど? ・・・あ、これ、言っちゃいけないんだった。」


「な、なにっ!?」


 今度はこっちが絶句する番だった。

 ミネルバ山脈もヘルシリア山脈も鉱山として有名だが、山の中腹より上は竜の生息域となっており、人が近づけるようなところではないのだ。


「バカな、あそこは竜の巣で―――。」


 そこまで言いかけて思い当たった。

 そうか、だからドラゴンスレイヤーを持っていたのか。


「はぁ・・・。全く、お前らには驚かされることばかりだ。」


 アイリスは何のことか分からないらしく、小首をかしげた状態で俺を不思議そうに見ていた。

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