第20話【異国の神】

「お前が泣いてどうするんだ? マイルズ。」


 修練場で泣くマイルズを見て、俺はあきれ顔で叱った。

 身長2メートルのマイルズ・グラントは近衛騎士団の副団長である。

 統率力そのものには見事なものがあるのだが、こういう甘い性格では困る。


「悲運としか言いようがありません・・・。もしも自分の家族に同じようなことが起こったらと、そう考えると涙が止まりません・・・。」


「ああ、お前にも小さな子供がいたな。」


 マイルズにはパットと同じくらいの娘と息子が一人ずついるのだ。

 その二人に同じような悲劇が起こったらと想像したのだろう。


「デカい図体ずうたいをしていつまでも泣いているんじゃない。ほら、アイリス本人のほうがよっぽど大人だぞ?」


 大聖堂からの帰りに、アイリスとパトリックがこの修練場で剣の訓練をしているのだ。

 魔剣こそ使っていないが、真剣を使った試合形式で、激しい戦いを繰り広げていた。

 ものすごい剣圧が修練場を駆け抜けるため、他の騎士団員は訓練どころではなかった。


 剣の威力は最強、スピードも目に留とまらぬ速さ。

 しかし、やはりというか、アイリスの剣にはりきみが見えた。

 あんなことの後だ、仕方がない。

 二人の剣の腕は互角のようだが、勝つのはパトリックだろう。


「よしアイリス、今日はここまでにしよう。我々が暴れていると、騎士団の方々の迷惑になってしまう。」


 パトリックが中止を申し出た。

 自分が勝つことでアイリスが落ち込むのを避けたのだろう。

 ちなみに、アイリスを誘ったのはパトリックなのである。

 剣を打ち込めば気が晴れると考えたようだ。


「いやぁ、お二人とも素晴らしい!!」


 アイリスは俯うつむいていたが、騎士団員からの歓声と拍手に和んだ顔を見せた。


 俺は彼女に何も言わなかった。

 俺ぐらいの力量があれば、力みがあったかどうかぐらい分かる。

 それを彼女も知っているから、変に褒めるわけにもいかないのだ。


「そういえばアイリス、お前、やっぱり魔法は使えないのか?」


「う・・・。」


 パトリックの問いに、アイリスが冷や汗を垂らしている。


「れ、練習はしてみたんだけどね・・・。な、なんか、出ないみたい・・・。」


 アイリスが立場なく、小さくなっている。

 パトリックが首をかしげる。


「そこが分からないところだ。我々光の一族は生まれながらに強い魔力を持つ。なのに、なぜお前だけ魔法が使えないのか・・・。」


「アイリス様のお体からは、大きな魔力を感じますのにね?」


 声のする方を見ると、それはルイッサだった。


「お前も来てたのか、ルイッサ。」


「お邪魔してます、ルーファス。今はパトリック様のアシスタントとして動いています。」


 俺の問いに、にこやかに答えた。

 パトリックが慌ててそれを否定する。


「と、とんでもない! 王宮魔導士長をアシスタントとして使うなんて恐れ多い! ルイッサ殿には本当にお世話になりっぱなしで・・・。」


「フフフフ。」


 ルイッサがいたずらっぽく笑う。

 どうやら男をからかう楽しさを覚えたようだ。

 困った13歳だ。


「しかしルイッサ殿、どう見ます?」


「そうですねぇ・・・。」


 パトリックとルイッサがアイリスをじっと見つめている。

 魔力があるのに魔法が使えない、そのことを言っているようだ。


「なななな、なによ!? やめてよ!? 見ないでよ!?」


 二人に見つめられたアイリスが慌てふためいた。


「ひょっとしたら『異国の神』かもしれませんね。」


「異国の神・・・。なるほど、その線がありますね。」


 ルイッサの答えに、パトリックは感じるものがあったようだ。




 我々の大陸は東西に長い四角い形をしており、その名をディアナ大陸という。

 どういういわれなのかは知らないが、女神の名を取ったらしい。


 この中に国家は5つあり、それぞれガーランド王国、ランチェスター王国、スタンスフィールド王国、ハードキャッスル帝国、そしてレッドグレイブ帝国という。

 このうち我々のガーランドとランチェスター、そしてスタンスフィールドは小さな国で、3国を合わせても大陸全体の3割ほどの面積しか持っていない。

 対してハードキャッスル帝国は1国で3割、そしてレッドグレイブ帝国に至っては4割の面積を持つ巨大国家だ。


 それぞれの国には、それぞれ別の神が存在する。

 5つの国家があるから、5人の神がいることになる。

 したがって神々の力を使う魔法の系統も5つに大別される。


 この魔法の系統だが、きっちりと国境線で別れているわけではなく、稀まれに混じりあう。

 これがルイッサの言う「異国の神」である。

 アイリスは他の国の魔法が行使できるのではないかと言っているのだ。




 我々の住むガーランド王国は大陸の西南端に位置する。

 形は東西に細長い三角形をしている。

 そう、ちょうどナイフのような形だ。

 北を上にして地図を見るなら、刃のある腹を下に、そして刃先を左に向けたような形だと言えばわかりやすいだろうか。


 刃のある腹の部分はすべて海岸線だ。

 美しい海が広がっていて、海産物が豊富に取れる。

 海岸線より北には森が広がっており、こちらも動植物が豊富だ。

 争わなくても不自由はしないため、我々ガーランドの国民は元来、温和なのである。


 ガーランドとの国境に面している国は全部で3国だ。

 北の国境線にはスタンスフィールド王国とランチェスター王国がある。

 このうち、西の海岸線に面している国がスタンスフィールド王国である。

 この国は東西の長さこそガーランドの半分ほどだが、正方形のような形をしていて南北に長いため、面積はガーランドとほぼ同じである。


 スタンスフィールド王国はガーランドより北であるため気温は低いのだが、海からは海産物が良く取れる。

 海岸線より東側の国土は巨大な農業地帯となっており、我々ガーランドの国民もスタンスフィールドの小麦を使ったパンを主食にしている。




 スタンスフィールド王国の東、大陸の中央付近に位置する国がランチェスター王国である。

 この国の形はそう、我々ガーランドのナイフを左右反対にしたような形をしている。

 面積もガーランドとほぼ同じである。


 ランチェスターは鉱山の国だ。

 我々が使う武器などの鉄器類は、このランチェスター製が多い。

 またこの国は、5つの国家の中で唯一海岸線を持たない国である。

 我々はランチェスターから鉄器を得る代わりに、動植物や海産物を輸出している。


 この2国とガーランドは親交が深い。

 ガーランドで言えば北部中央に当たるが、そこに3国雑居の地を設けており、人々は無税で自由に交易できる。

 ここには、腕に自信のある商人が名を上げようとして訪れてくる。




 平穏無事に暮らすこの3国を牛耳ろうとするのが、ハードキャッスル帝国とレッドグレイブ帝国である。


 前者のハードキャッスル帝国は大陸の南東端に位置しており、ガーランドの東の国境線に面している。

 大陸中央に位置するランチェスターの場合は南東である。

 国土は三角形に近い形をしており、斜辺の部分がガーランドとランチェスターとの国境線になっている。


 ハードキャッスルの国土面積は3割もあるが、沼地が多いため、農耕には向かない地である。

 同様に、狩りにも向かない。

 そのため、肥沃ひよくなガーランドを狙うのだ。




 レッドグレイブ帝国はディアナ大陸最大の国家である。

 支配地域は北方の全域を覆う長方形をしており、その面積は大陸の半分近くに及ぶ。


 海岸線は長大であるが、冬になると海が凍り、海産物が取れなくなる。

 鉱山は多くあるが、気温が低いため、農耕に適した大地とは言い難がたい。

 また東端にはマルス火山地帯、西端にはヤヌス氷原が広がっており、魔物の巣となっている。


 この帝国が南方のスタンスフィールドやランチェスターを狙うのも、無理はないことなのかもしれない。

 幸いなことに、それぞれの北にはミネルバ山脈とヘルシリア山脈があり、その行軍を防いでくれている。

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