05: 無垢の花束①

小さな窓から、日本人難民居住区の遥か向こう、銀色に輝くカタパルトが霞んで見える。巨大建造物が人類の英知を誇っている。雷鳴が轟くように定時の無人シャトルが空へ上っていく。人類には地球は狭すぎるのだ。ゆっくりと真っ青な空に吸い込まれて見えなくなるシャトル。広大な宇宙がこの空の果てには広がっているのだ。



それなのになぜ私はこんな狭い部屋で男に泣き付かれているのだろうか?



「先生、童貞を治してください!」

10代後半の引き締まった身体に耽美系な彫りの深い顔。そして一目で分かる高級感溢れるスーツ。しかも顔面にARバイザーを付けていない。それは極度の貧困か、極度の富、どちらかを表している。彼の場合は家が裕福で、生後すぐに脳内に電極埋め込み手術ができて、その後に毎日トレーニング出来たということだ。こんな魅力的な男が童貞なんてなかなか信じられない。



「いや、そう言われましても、、、」

まてまて、童貞って病気じゃないし。来る所間違っているよね?お手軽に童貞喪失したいなら某地区のドールハウス行くのが正解ではないだろうか。



「どうしても女性が苦手で、話をしようとすると、息が詰まってしまって、、、」

神経質そうに、額の汗をハンカチで拭く。幼少の頃に女の子たちにいじめられて女性恐怖症になっているとのこと。今でも時々夢に出てくるらしい。

「鈴木さん、女性が苦手なら男性はどうでしょうか?最近は、、、」

彼ー鈴木さんーは無言で私を睨む。整形外科医のキャシーに紹介料2ブロックも払って手に入れた金づるクライアント様なのだから、機嫌を損ねては大変だ。今月の家賃払えるかどうかはこいつに懸かっている。



「では、トラウマになっている記憶を詳しくお聞かせ願えますか?」

「まずは、、、それが僕の1年前です。」

そう言って一つの画像ファイルを投げてきた。私のバイザー上で立体再生される。そこには30から40代、もしかしたら50代かもしれない男性が。質量が今の3倍ほど、毛髪がまばらで、目だけがギラギラと輝いていた。少しだけ今の顔つきに似ていない所もないかもしれない。女性に縁がないのが自然と理解できる容姿である。

「キャシー先生のところで3000ブロック払って、手術してもらったんです。大変だったんです。かなり痛かったですし。」

3000ブロックあれば豪邸が建つ。素晴らしい金づるだ。これは期待できる。いいぞ、いい!



「でも、それからバーで女性から声をかけられたり、キュービットやハーモニアから紹介されることがあったんですが、、、面と向かって女性と話すシチュエーションになるとどうも、、、」

キュービットは嗜好のオーバーラップ、ハーモニアは性格の互換性を考慮したオンラインのお見合いシステムだ。最近は90%以上の男女の出会いを仲介している、二大プロバイダーである。私も昔、登録していたのだ。しかし女性からコンタクト取られるということは都市伝説でも奇跡でもなかったんだな。



「大丈夫ですよ、鈴木さん。トラウマになっている過去の記憶をバラ色の思い出にしましょう。」

そして鈴木さんは少し恥じらいながら、昔の思い出を話し出す。

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