04: Prologue - 真夏の記憶4

「お疲れ様でした。」

棺桶のようなマイクロfMRI(機能核磁気共鳴断層装置)から若い男がゆっくり起き上がる。筋肉質で見たところ10代後半から20代前半、まつ毛が長く彫りの深い、ギリシャの彫刻のようだ。

「いゃ〜素晴らしい、記憶もかなり定着してきましたね、鈴木さん。」

私はバイザー上で脳活動パターンのデータをまとめて鈴木さんに投げる。


「お薬の効き目が切れるまでおとなしくしててくださいね。」

立ち上がってふらふらしている彼のたくましい腕にキャッチャー・キャッチャーパッチを貼る受付嬢兼看護師のエイダ。セッションが始まる前に投与した向精神薬『ドリームキャッチャー』の効果を相殺するナノボディーだ。『ドリームキャッチャー』の分子に特異的に結合する単ドメイン抗体が体内に残っている薬物を無効化させて正気にもどす。もちろん両方とも違法だ。


「本当に先生のおかげです。」

話をした事もない片思いの同級生、斉藤理沙奈という少女の記憶を発展させて告白までこぎ着けさせた。ここまで来るのに半年。それが本人の記憶になっているのだから大成功。

「では来週もこの時間でよろしいでしょうか。」

鈴木さんが少し止まる。何もない空間を見つめるその瞳はカレンダーをスキャンしているのだろうか。

「先生、来週は予定が入っていて、、、」

急に顔が変わる。ニヤニヤを押し殺そうとしている表情が見ていて気持ち悪い。

「実は週末にバーで声をかけられて、親しくなった女性と出かける予定で、人生初の『デート』ってやつですかね。テヘへっ。あ、すみません、水曜日の4時なら来れます。」

鈴木さんの頬が赤らむ。これだけのイケメンで、衣服も最高級、バイザーも付けてないのだから逆ナンパされない方がおかしい。

「素晴らしい!!!おめでとうございます。」


そろそろ潮時か。めったにない金づるだったのに。

「エイダ、その日のスケジュールは大丈夫?」

これは見栄を張っているだけ。聞かなくでもうちのスケジュールはがら空きなのだから。

「問題ありません」

「では、水曜日の4時、お待ちしています。」


運命は水曜日まで待ってくれなかった。

「エイダ、こんな夜中にちょっとやめてよ、もー眠すぎなんだけど。」

一度寝たら熟睡して地震でも起きない自信がある。相当しつこく起こしたのだろう。

「鈴木さんから何度も連絡がありました。緊急の様子です。繋ぎます。」

断る暇を与えずにエイダは鈴木さんのアイコンを私のバイザーの右下に投げる。

「先生、、、」

先日の喜び溢れる声と打って変わって、か細く不安に震えているのがバイザー越しに伝わってくる。かなりやばい雰囲気だ。

「どうなさいましたか、鈴木さん?」

真夜中に起こされた苛立ちを極力出さないように、社交的に尋ねる。

「自首します。」

「は?」

私は意味が分からなかった。

「斎藤理沙奈さんを殺したのは私です。」

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