03: Prologue - 真夏の記憶3
「そうそう、おばあちゃんの膝も随分良くなってきて一人で歩けるようになってきたって。」
ひと安心。とりあえずおばあさんが問題ではなさそうだ。では一体何が問題なのか?ますます分からない。
「良かった。大分からはいつ帰ってくるの?」
君は目を大きく見開き、眉をしかめて、震えるくちびるを噛む。一瞬、時が止まったように凍りつく。なぜ?聞いてはいけなかったのだろうか?
色あせた黄色のTシャツの『Happy & Lucky』の文字が今にも泣きそうな君の顔と強烈なコントラストを奏でる。
「え?ちょっと待って、、、斎藤さん、もう、帰って来ないってこと?何で?急過ぎる!」
無理やり笑顔を作りながら君は、細い右腕に出来た青あざに視線を移す。
「昨日はお母さんだけじゃなくて私も打たれたの。お父さん、本当は良い人なのに。意味わかんないよね、ごめんね。」
「え?でも、さっきは転んでぶつけたって、、、」
君はうつむいたまま、ぎゅっと短パンの端を握りしめる。
「もうお母さんが泣くのは見たくないの。この方がいいの」
大粒のしずくが神社の石畳に落ちて、あっという間に蒸発していく。
「絶対に誰にも言っちゃだめだからね。お父さんは知らないの。まだ明日どこに泊まるかとかも決まってないし。」
僕はこういう状況でどうやって慰めたらいいのか全く分からない。何か状況を改善できる力がある訳でもない。言葉が詰まった僕の代わりに君が言う。
「ありがとう、賢ちゃん。楽しかったよ。」
涙をTシャツの袖で拭った君の赤い両目が僕の両目をしっかりと捕らえる。
「ずっと好きだったよ。じゃあね。」
不意に心の芯が焼け付く。君は僕の事を好きだったのか。そうだったのか。
君は手を振りながらペタペタとサンダルでかけていく。シルエットだけになって遠くへ消えていく。
これは告白されたのだろうか?もう会えないと分かっているのに。卑怯だ。僕も君を好きだと言いたかったのに。
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