02: Prologue - 真夏の記憶2
僕は小学校の教室が嫌いだった。人がたくさんいると、緊張し頭が混乱して、何を喋っていいのか分からなくなる。パニックを回避するために、自然と僕は教室の隅で一人本を読むようになった。自己の尊厳を保護するための本能なのだろう。
恐竜の本は片っ端から読んでいった。恐竜の進化の歴史を見れば、100万年は瞬きのようなもの。それに比べれば僕の孤独な少年時代もほんの誤差範囲内だと思えたのだ。
ある日、誰かが「児童館の図書室にはすごい大きな恐竜図鑑がある」ようなことを言ったのを耳にした。もちろん、児童館というところは、友達がたくさんいて楽しく遊んでいる社交場なわけで、僕が行けば「孤独という事実」を突き付けられるだけなのだ。しかし、知識への渇望は僕を突き動かし、児童館へと導いた。
どうかクラスメートと出会わないようにと祈りながら、ドッジボールをやっている子供たちの後ろをすり抜けて、そっと二階の図書室に入る。誰かの悪口を熱心に言い合っている女子が3人、見慣れない僕を見つけてじろりと睨む。高学年の男子が2人、ボードゲームで遊びながら奇声をあげている。関わりたくないタイプだ。なるべく目を合わせないように、本棚を急いでスキャンする。ボロボロになった漫画本や低学年向けの絵本が並ぶその一番端に、全四巻の豪華な恐竜図鑑は僕を待っていた。
ずっしりと重い本を開くと、今にも飛び出してきそうなディノニクスが群れで獲物を狩っている姿が目にはいる。鳥肌が立ち、武者震いがでる。木性シダの朽木を踏み分けて、僕は鬱蒼とした白亜紀後期の森の中へと入っていく。
どれだけ時間が経ったのだろうか。
「おい、チビ!」
ふと、誰かが呼んでいる声がした。チビとは僕のことだろうか?
「あのさぁ、ちょっとお金かしてくれない?」
あの高学年の男子2人組だ。僕は意味が分からなかった。
「ちょっとだけでいいからさぁ」
もしかして、これが「たかられている」というのだろうか。そんなのはアニメや小説にしか無いものだと思っていた。見回すと、すでにあの女子3人組は図書室からいなくなっていた。
体の大きい方が、状況が飲み込めていない僕を後ろから羽交い絞めにする。慣れた手つきだ。素早くもう一人が僕のみぞおちを殴る。
「うっ?!」
息ができない。強引にポケットからコインカードを抜き取る。黒地に小さな金色のチップが輝く。途端に奴らの顔が満面の笑みになる。
「うひょー、ブラックじゃん。大丈夫、ちょっと借りるだけだから」
僕の貯めておいたお年玉とお小遣いがこいつらのお菓子やゲームに消えるのだろうか。非常事態にもかかわらず、頭では冷静に「こんなことになるなら、欲しかったヘリックス4を買っておけばよかった」などと考えている。
不意に背後から叫び声が、部屋中の空気を振動させた。
「サーカーモトーサーン!!!早くきてー!男子がお金取ってる!!!」
二人組の顔が驚きと恐怖に凍る。コインカードを地面に叩きつけるように捨てて、僕の背後にある何かをにらむ。
「うんこクサナ許さん!あとで絶対殺す!絶対に殺すからな!」
悪態をつきながら走って逃げる二人組。僕は全身の筋肉が緩み、心の緊張が解けて座り込んでしまった。
「大丈夫?」
すらっとしたポニーテールの少女は心配そうにコインカードを拾い、僕に差し出した。
隣のクラスのいじめられっこ、斎藤理沙奈。君の人生と僕の人生が交差し始めた。
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