空想記憶クリニック

ティーさん(ポスト・ヒューマン)

01: Prologue - 真夏の記憶1

日が傾いて、少しだけ涼しくなった風が、刈られたばかりの雑草の香りを運んでくる。蝉が遠くで鳴き始め、世界が桃色に染まっていく。あの入道雲はどれだけ大きいのだろうか。


神社の裏のまだ温かい石垣に座って、薄くすり減った赤いサンダルをぶらぶらさせながら、君はアシモフを読む。色あせた黄色のTシャツに紺色の短パン。今にも飛び跳ねそうな躍動的な四肢。黒く艷やかなポニーテールが女の子だと主張している。


君は分厚い本から目をあげる。

「今日も宿題ぜんぜん進まなかったね」

「そうだね」

「夏休み終わっちゃうね」

当然だ。図書館に来ても本をひたすら読みまくるだけなのだから。閉館したら帰り道に、ここでだらだらと書評したり未来について語り合ったりする。とても退屈で、とても満ち足りた僕たちの日常だ。


「そろそろブラッドベリもアシモフ全部読み終わりそうだし。次は何にしようか?」

なぜだろう、君は驚いた様子で僕をみる。

少し口ごもったあと、不本意そうな声で言う。


「明日、大分に行くの」

かなり唐突だ。

「へえ、大分のおばあちゃんのうち?」

確か誕生日プレゼントを送ってくれる一人暮らしのおばあさんがいたはずだ。

「まあ、そんなところ」

うつむきがちに目をそらして君は答えた。


「おばあちゃん、どうかしたの?」

いつも無理やりでも明るく振る舞うのに、今日は少し変だ。

「ううん、べつに元気だけど、、、」

だけど、どうしたのだろうか。何かが僕の心に引っかかる。児童館で知り合ってからもう4~5年。君の言葉にならない叫びが聞こえる気がする。

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