人魚の懺悔
私は一つだけ、彼に謝らなければならないことがあるわ。秘密にしていたけれどきっともう彼は気がついて、大喜びしているでしょうね。でも、たとえいいことだったとしてもやっぱり隠していたことは罪だから。そこだけは謝りたいわ。
それは彼と出会ってから季節が一つ、去ったあとのことだった。彼に料理を振る舞ったことがあるの。さかなを身を切って焼いたものだったわ。
「きみもさかなを食べることがあるんだね」
私が出した料理を見て彼は驚いていたわ。私の下半身がさかなと同じようにひれがついていたからそう思ったのかしら。
「おかしいことを言うのね。じゃあ、あなたは自分と同じように足があるからって牛や豚を食べないのかしら?」
私がそう言って笑うと、彼はきまりが悪そうに黙ってしまったわ。そうして私の料理を手づかみで口に放り込んだあと三回咀嚼して飲み込んだわ。
「美味しいよ」
それはお世辞だと言うことはすぐにわかったけれど私はそれでもよかったの。目的はそこではなかったのだから。実は私は自分の下半身の肉を削いで焼いたものを彼に食べさせたの。
いつも眠りにつくときに、夜の穏やかな波に身を委ねながら、彼が死にゆく姿を想像してしまうの。それが嫌でたまらない。どうしても、彼には生きて欲しかった。彼を失うことなんて考えられないのよ。
人魚の肉を食べると不老不死になるの。彼は私の肉を呑み下した。私の目的はそこで達成されていて、彼の賛辞が私を喜ばせるための繕いだろうと気に留めないのは当然でしょう?
そうして、彼は気付かぬまま不死の体で戦争に行った。彼ならうまく生き残れるわ。そう神様が、運命が、私が決めたの。なんて美しいことなのでしょう。私は彼の運命さえも掴んでしまうのね。
私は彼が戻るまで毎日あの海岸に行こうと思うの。どんなことがあっても。私が生きている限り。
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