第一章 第五話 零道彼方、打ち明ける
俺の登場に栞先輩が不愉快そうに顔を歪めるのも仕方がないだろう。だって一度拒絶しているのだから。でも俺にはある算段があった。といっても賭けに近いものであるが。
「さ、じゃあ帰ろうか。とりあえず先輩のこと、送るよ」
「あなた、本当に懲りていないようね。いい加減にしないと今度こそ頭蹴り砕くわよ」
実際に栞先輩が左足を一歩前に出し、右足を少し後ろに引いて蹴る体勢に入る。俺は内心焦っていたが、それを表に出さないように必死に表情を作った。
「おいおい物騒だな。別にいいだろ、一緒に帰るくらい」
「あなたと私はそんな関係じゃないわ。何か勘違いしていないかしら」
「勘違いなんてしてないさ。それこそ栞先輩は勘違いしてるんじゃないか? 俺のことをさ」
その言葉に栞先輩が眉を少し動かして反応する。
「……勘違いなんてしてないわ」
「そうか? 俺がどうしてこうやって栞先輩と帰ろうとしてるか分かってないだろ?」
「どうせ、あなたも私の魅力に惹かれたってだけでしょ」
「自意識過剰かよ、そう言うんじゃない。一ついい事教えてやろうか」
俺は辺りを見回して近くに生徒がいないことを確認すると、一気に栞先輩との距離を詰めた。
「なっ、何を―――」
「栞先輩、あんた近いうちに死ぬよ」
「っ!?」
俺はすぐに距離を戻した。そして栞先輩の顔を確認すると、その目は目一杯開かれていた。
俺のある策略とは、ある程度の真実を栞先輩に言うというものだった。ある程度というのは、霊の話を交えず栞先輩が死ぬ未来が見えたという話だけするってことだ。背に腹は代えられないと栞先輩には本当のことを言うことにしたのだ。
「言っとくけどふざけてなんかないぞ。俺は栞先輩が死ぬ未来を見たんだ」
俺は栞先輩の反応を待つことにした。本当はすぐに信じられないというような返答が返ってくると思っていたが、栞先輩は顎に手を当てて何やら真剣に考え事をしていたのだ。
そして少しした後、栞先輩が俺に尋ねてくる。
「それはどういうことかしら」
てっきり鼻で笑われて一蹴されると思っていただけに、栞先輩が話を聞く気になってくれたのは嬉しさと同時に驚きを隠せなかった。
「……信じてくれるのか?」
おそるおそる尋ねると、栞先輩が俺から顔を背けながらボソッと呟いた。
「……そういう嘘をつく人ではないと思っているわ」
その言葉だけで十分だった。驚きも嬉しさに変わり、俺の中を満たしていく。本当は飛び上がるほど嬉しかったが、それを表に出さないように俺は務めることにした。
「何だよ、俺の事勘違いしてないじゃんか」
「だから言ったでしょう、勘違いなんてしてないって」
不思議と俺と栞先輩の間には笑顔があった。
「とりあえず、場所を移しましょう。人に聞かれては面倒だもの」
そう言って、栞先輩が校門を出てどこかへ向かって行く。俺はその背中を追いかけられることが嬉しくて、駆け足で後を追った。
夕暮れ時、栞先輩に連れられて着いたのは寂れた公園だった。遊具という遊具はほとんどなく、あるのはブランコと滑り台くらいであった。
「ここ、全然子供とかいないな」
そこはアパートやらマンションなどに囲まれた一角にあるのだが、子供達が遊んでいる形跡が見当たらなかった。おそらく他にもっといい公園があるのだろう。
「当たり前じゃない、そういうところを選んだんだもの」
そう言って栞先輩が二つあるブランコの片方に座る。俺もそれに倣ってもう片方のブランコに座った。それを見てから栞先輩が尋ねてくる。
「で、私が死ぬってどういうことかしら」
栞先輩が信じてくれているからといって、人に予知夢のことを話すのは勇気がいる。実際、このことを話したことがあるのは祖母に対してだけだった。
俺は深呼吸をすると栞先輩に話し始めた。
「実はだな―――」
そして、予知夢の事。そこで見た栞先輩が交差点でトラックに轢かれて死ぬこと。それが雨の日だったことを話した。栞先輩は終始真剣に聞いてくれていて、話終わった時は納得したように首を縦に動かしていた。
「なるほど、そういうことね。それで雨の日に私と登下校したいって行ってきたのね」
「ああ」
すると、栞先輩がもじもじし始めた。
「どうした?」
「あー、えっと……つまり、私を守るために一緒に登下校したいって言ったのよね。その、拒絶してしまってごめんなさい」
そう言うと、栞先輩が俺を正面に捉えて言った。
「それと……ありがとう」
最後のありがとうと共に栞先輩が恥じらいながら笑顔を向けてきた。その笑顔は赤々と輝く夕陽に相まって幻想的だった。
「っ! べ、別に! ただ知ってて見殺しにするのは後味が悪かっただけだし!」
その笑顔が眩しかったのか、それとも夕陽が眩しかったのか。とにかく俺は直視できなくて顔を背けた。沈黙が俺と栞先輩の間を駆け抜けていく。その沈黙が耐えられなくて俺が口を開いた。
「あれだからな、登校は香桜里先輩が一緒にいてくれるってよ」
「え、姉さんが!? ちょっと、あなたもしかして姉さんに私が死ぬってこと……」
「言ってねえよ!? 誰が言えるか!」
「そうよね、確かに簡単に言える話じゃないわ。それはいいとして、零道君」
零道君、と栞先輩からそう言われるのは少し違和感があった。それはいつもあなたと呼ばれていたからかもしれないし、俺が栞先輩を下の名前で呼んでるからかもしれない。
「彼方でいいんだけど。俺だって栞先輩の事、名前で呼んでるし」
俺がそう提案すると、栞先輩はあっさりと了承する。
「じゃあ彼方君。一つ言いたいことがあるんだけどいいかしら」
「何だよ」
「私に予知夢のこと話した今、私が気を付ければ誰かが一緒にいる必要ないんじゃないかしら」
「……」
言われてみれば、確かにそうだった。栞先輩がそのことを知ったなら、栞先輩が雨の日、さらに交差点でトラックに気を付ければいいだけだった。
でも、ほんの少しだけ胸騒ぎがして俺は否定した。
「いや、万が一ってこともあるし……」
だが、栞先輩は苦笑してまともに取り合ってくれなかった。
「私を舐め過ぎよ。さらに命が懸かってるのよ? どんな馬鹿だって気を付けて生活するわ」
「それはそうかもしれないけどさ」
「だから、登下校も大丈夫よ」
栞先輩はブランコから降りて、公園を出ていこうとする。
「お、おい!」
慌てて追いかけようとするが、栞先輩が遮った。
「ここまででいいわ。これ以上追いかけてきたら、私のことを馬鹿だと思っているってことよ? それは心外だわ」
その言葉で俺は足を止める。というよりも、栞先輩の言うように自分の命が懸かっていると分かっていて気を付けない馬鹿はいないだろう。俺はその時そう思ってしまった。
「……じゃあ、気を付けて帰れよ」
「ええ、それじゃ。彼方君、さようなら」
そして栞先輩が帰路につく。その背中が見えなくなるまで見届けた後、俺は辺りを見渡し後、一人呟いた。
「さて……ここからどう帰ればいいんだ?」
引っ越してきたばかりの俺にはここから自宅までの道のりが全く分からなかったのだった。
そして、少し経って金曜日。俺は栞先輩のことを馬鹿だと思った。
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