第一章 第四話 零道彼方、しつこいで有名な男
「……どういうつもりかしら」
俺の頼みに栞先輩は、案の定凄く警戒したようだ。もはや敵意むき出しと言ってもいいかもしれない。
「だから、雨の日は俺と学校に行って俺と学校から帰ってほしいんだ。分かる? ドゥーユーアンダースタン?」
「分かりたくないわね。それにあなたが私にそう言ってくる意味が全く分からないわ」
今、俺と栞先輩の間に割って入ってくる人物は存在しなかった。この瞬間だけは俺と栞先輩の空間だった。
「一体どういうつもりなのかしら。もし、私を手に入れようとしての発言だったら私は―――」
「勘違いも甚だしいね。別に栞先輩と一緒に登下校したいから頼んでるわけじゃない」
「余計意味分からないわね、じゃあどういうつもり?」
その質問は少々困るものだと気付いてほしい。予知夢であなたが死ぬところを見た、なんて言えるはずがない。信じられるはずがないのだ。そのことは俺が身をもって知っている。
「あー、あれだ。利害の一致だ」
「利害? 仮にあなたに利益があったとして私にもあるというのかしら」
「それがあるんだよ」
「何よ」
死なずに済む、と言いたいところだがそれは言えない。というわけで苦し紛れに俺は言葉を発した。
「……俺と一緒に登下校できるんだぜ? 光栄に―――」
その瞬間、栞先輩が椅子から立ち上がって回し蹴りを俺の顔面めがけて放ってきた。慌てて姿勢を低くしてそれを躱す。
「危ねえな!?」
顔にかかった長髪を戻す栞先輩は何故か俺に軽蔑の視線を向けていた。
「……結局あなたも他の男子と一緒なのね」
「いや、俺は……!」
「帰りなさい、もう私の前に現れないで。気分が悪いわ」
そう言うと、栞先輩は椅子に座り直して窓の向こうに視線を向けた。もう栞先輩がこちらを向くことはなさそうだ。
すると、栞先輩の向かいに座っていた女子生徒が俺に話しかけてくる。和泉先輩だ。
「零道君だよね、とりあえずクラスから出ていこうか」
和泉先輩に背中を押されて無理やり教室から出される。そして扉が閉められた。教室の前で待っていた海斗と絵美が困惑した表情を浮かべていた。
「彼方、一体あなた何したのよ」
「立花先輩めっちゃ怒ってたじゃん」
「いや違うんだって。俺は―――」
「そう、君には別の思惑があった。きっと頼み事自体は本当なんだろうね。そして思うに利害の一致という言葉も偽りじゃなかった。君は間髪入れずに栞の利益があると言えていた。つまり、君のそれは栞にも利益を与えるようなこと。でも、それを栞には言えない。だから君はあんなくだらない嘘をついた。そうでしょ?」
背後から聞こえてきた言葉に俺は後ろを振り向いた。そこには笑顔で和泉先輩が立っていた。どうやら教室に戻ってはいなかったようだ。
「で、栞に言えない栞にとっての利益って何かな?」
「……別に和泉先輩の言っていることが正解だと言ってませんよ。栞先輩の言うようにただ栞先輩と登下校がしたかった屑かもしれないじゃないですか」
だが、俺の言葉に和泉先輩はさらに笑顔を浮かべた。
「それはないよ。だって、わざわざ自分でそう言う意味が分からないし。それにね、これでも栞は人を見る目は持ってるんだよ」
「……何の話ですか」
和泉先輩が廊下の窓に寄りかかりながら話し始める。
「昨日、食堂で君に会った後に栞に君の事聞いてみたんだ。そしたらね、栞、なんと君という存在に興味を持ってた」
「俺に?」
「そう、君は他の男の子と違うんだ、って言ってたんだよ。ま、確かに違うかもね。栞にあんな関心なく話してるのなんて君くらいだよ。だからかな、ついさっき回し蹴りするくらい怒ってたのは」
俺は遠目から栞先輩の方を見てみる。不機嫌そうに見えるのは俺に失望したからってことか?
「まあ、栞は早まり過ぎだよ。君のことを分かっているようで分かっていないみたいだ」
「……まるで和泉先輩は俺を分かっているみたいですね」
「違うよ。私が分かっているのは栞の事だけ。つまりね、私は栞に人を見る目があることを分かっているから、君のことを信用してるの。栞はそう思っていないみたいだから、君に失望した。ただそれだけ」
少し話が難しかったけど、要は和泉先輩が俺を信用しているってことか? なら、やりようがあるかもしれない。俺の言うことを信用してくれるなら。
「和泉先輩、頼みがあるんですけど」
「よし、聞こうじゃあないか」
快く和泉先輩が頷いてくれる。
「俺は? 俺達は何か頼まれることないのか?」
「そうよ、困ったことがあるなら言いなさい」
海斗と絵美がそう言ってくれるが、二人共栞先輩と接点がない以上、あまり期待できない。
「いや、和泉先輩だけで大丈夫だ。サンキューな」
「で、私への頼みって何かな?」
「……とにかく雨の日は栞先輩から目を放さないでください。出来れば登校も下校も」
一瞬、和泉先輩が考え込む。そしてふと左に視線を向けた後、笑みを浮かべた。
「まあ、どうして雨の日に限って栞から目を放さなくちゃいけないのかっていう疑問はあるけど、でもたぶんその役割の適任は私じゃないね」
「え、なら誰が……」
「それならほら、来たよ」
和泉先輩が廊下の右側を指さす。そちらに視線を向けると、そこには黒髪ロングをポニーテールにした美少女が歩いてきていた。あれ、あの人、何だか栞先輩に似てる?
すると、その美少女がこちらに気付いた。そしてすぐさま駆けてくる。
「あー、いずみん! どうしたの? ってあれ、一年生かな?」
「こんにちは、香桜里先輩。ちょっとお話いいですか?」
「いいけど……」
その時、絵美が突然大声を上げだした。
「せ、生徒会長!? こ、こんにちは!」
「生徒会長だと? どこだ!?」
一方で海斗はその生徒会長とやらを探していた。そんな海斗に絵美が肘打ちする。
「馬鹿、今目の前にいる人がよ! 集会の度に挨拶していたでしょうが!」
「寝てて全然覚えがねえや……っていうか、つまりこの人が立花先輩ver姉ってことか!?」
立花先輩ver姉? どういうことだ? その俺の疑問を和泉先輩が解消してくれる。
「まあ零道君は転校してきたばっかりだからね、知らなくてもしょうがないよ。ただ君の場合はお姉さんびっくりだ」
「いやいや、それほどでもないですよ」
「ほめてないわ!」
再び絵美の肘打ちが同じところに突き刺さる。海斗もこれには膝を折った。そんな海斗を無視して和泉先輩が話を続ける。
「じゃあ紹介しよう。こちら、この高校の生徒会長、立花香桜里先輩である!」
「立花?」
それって……。
「そう、香桜里先輩は栞のお姉さんだよ!」
「ほ、本当ですか!?」
思わず香桜里先輩に詰め寄ると、香桜里先輩はおろおろしながらはっきり答えてくれた。
「は、はい。本当です。私は栞ちゃんのお姉ちゃんですよ」
栞ちゃんという呼び方が気になったが今はそんなのどうでもいい。香桜里先輩が栞先輩の姉なら、家も同じ。つまり栞先輩の登下校をしっかり任せられる!
そのことに気付いた俺は、感極まって香桜里先輩の両肩に両手をついた。
「香桜里先輩!」
「は、はい!」
「雨の日、栞先輩のことを守ってやってくれませんか!」
「……はい?」
突然すぎて香桜里先輩はまったく意味を分かっていなかった。さらに俺は感極まり過ぎて少し言葉を誤ってしまったらしい。
「零道君、さっきは目を放さないでって言ってたよね? でも今は守ってやってくれと言ってる。二つとも意味が似ているようで少し違うよね? どういうことだろ?」
うっ、痛いところを突いてくる。でも今はとりあえず香桜里先輩にどうにかして頷いてもらうことを優先しよう。
「香桜里先輩、意味分からないでしょうが、とりあえず明日から登下校は栞先輩とお願いできませんか」
「本当に意味が分かりませんが、意味が分かってもそれは無理だと思います」
「どうしてですか!?」
その疑問には絵美が答えてくれた。
「彼方、生徒会長はつまり生徒会長なのよ? 私達と違って忙しいはずだわ」
「……それは確かに」
「そういうわけなので、意味が分かりませんがそれは無理です」
「登校もですか?」
俺の質問に香桜里先輩は真剣に考えてくれている。意味の分からない質問にここまで真剣に考えてくれるとは、生徒会長である所以を垣間見た気がした。
「登校は……いえ、最近は朝早くから忙しいことは滅多にありませんから可能だとは思います」
「じゃあお願いできますか!?」
「いいですけど……本当にどうしてですか?」
やはり理由が不明確な状態で人は動いてくれないものなのだろうか。
「まあまあ香桜里先輩、どうやら彼にもなにやら事情があるみたいですし、ここはとりあえず言われた通りにしましょう。彼曰く、それは栞の利益になるらしいですよ」
和泉先輩にそう言われた直後、香桜里先輩は首を縦に頷いてくれた。
「分かりました。登校は栞ちゃんとすることにします」
急な変わり身に驚く俺に、和泉先輩が耳元でささやいてくる。
「香桜里先輩は栞のこと大好きなんだ。だからそれが栞の利益になるって分かったらやってくれるよ」
「でも、俺の言ってることが本当に利益になるかなんて分からないですよね。だからきっとそれは和泉先輩の信用なんでしょうね」
俺の言葉に和泉先輩が目を丸くする。そして今までで一番いい笑顔を向けてきた。
「なになに、嬉しいこと言ってくれるねー」
和泉先輩が腕を肩に回してくる。身長がほぼ同じか俺より高いくらいなので違和感はあまりなかった。っていうか胸が。和泉先輩って結構……いや、何でもない。
「ですが、下校の方はどうするつもりなんですか? そちらもしっかりしないと栞ちゃんに利益はないんじゃないんですか?」
「あーっと、それこそ和泉先輩どうにかならないんですか?」
「私は残念ながら部活があるわ。陸上部。零道君も入ってみる?」
「いえ、結構です」
命にかかわると言えば、部活なんて休んでくれるんだろうが、それを言うと色々言わなくちゃいけなくなる。命に代えられないが、まだ出来ることがあるはずだ。
「なあ、じゃあ俺が立花先輩の下校に付き合ってやろうか?」
「あんた、それただの下心でしょ。それにあんたにはサッカー部があんでしょうが!」
海斗が再び膝を折ったのは言うまでもない。そして俺にはある考えが浮かんでいた。
「いや、下校については俺に考えがある」
全員が首を傾げる中、俺は密かに意志を固めていた。
授業が全て終わり、生徒がぽつぽつと校門から出ていく中、校門に寄りかかりながら俺は目当ての人物を見つけた。その人物も俺を見つけたようで案の定不機嫌な表情を浮かべる。
「……もう私の前に現れないでって言ったわよね」
「その程度でめげる俺じゃないさ。俺はしつこいで有名だぜ? 栞先輩」
栞先輩は本当に不愉快そうに顔を歪めたのだった。
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