第一章 第三話 零道彼方、動き始める

 あの日、幼かった俺は夢を見た。その内容は至極シンプルなもので自分の両親が霊の手によって殺される瞬間だった。目が覚めた後も頭にこびりつくその鮮明な映像はとてもではないが夢には思えなかった。俺は飛び起きて両親のもとへと走った。でも、家の中に両親はいなかった。そして二度と帰ってくることもなかった。両親が死んだという報せを聞いた時、俺は夢が現実になったのを知った。と同時に俺は気付く。

 俺は、予知夢を見ることが出来るんだ、と。


 珍しく今日は俺が先に起きたので、雪の分も合わせて朝食を作る。食パンもあるし適当にスクランブルエッグとベーコンでいいだろう。フライパンの上でベーコンを焼きながら俺は今朝見た夢の内容を整理することにした。


 まず分かっていることを上げていく。栞先輩がトラックに轢かれて死ぬ。そしてそれは大雨の日であるということだ。俺は窓の外へと視線を向けた。今日は快晴だ、とりあえず今日ではないことは確か。焦らずに考える時間がある。


 俺は、予知夢を見ることが出来る。しかしいつもではない。この世とは思えないファンタジーな世界を見る時もあるし、死んだはずの両親に会う夢を見る時もある。じゃあ何で予知夢を見たときは予知夢だと理解できてしまうのか。一つとしては夢の中にいるのにまるでそれが現実であるかのような感覚を覚えてしまうこと。そして一番の理由としては、夢に霊が出てくることだろう。

 そう、俺は霊が関係する予知夢を見ることが出来るのである。


 一旦思考を止めて、皿の上にベーコンを移す。すでにスクランブルエッグは皿に盛りつけてあった。そして牛乳をコップに注いでパンの準備もする。すると、雪が部屋から出てきた。

「おう、おはよう」

「おはよー」


 雪が眠たい目をこすりながら、ボーっとした表情でリビングに現れる。いつも俺に対して高圧的な雪だが、朝はそんなことない。雪は低血圧なのだ。

「とりあえず顔洗ってこいよ」

「はーい」


 パジャマのまま、重たい足取りで雪が洗面所へと向かっていく。俺はその間にテレビをつけて今週の天気予報をチェックした。今日は火曜日であるが、今週はずっと快晴のようだ。

どうやらあの予知夢は直近のことではないらしい。


 俺と雪が向かい合って朝食を食べ始める。両親は既に他界してしまっており、今の俺と雪は二人暮らしをしていた。本来ならば子供二人での生活などありえないだろうが、叔父と叔母が色々工面してくれて今の生活が成り立っている。


「ていうかさ、彼方、本当に立花先輩と知り合いなの?」

「知り合いっていうか、まあ知り合いだな」

「知り合いじゃないのよ。一体どこで知り合ったわけ?」

 一瞬、屋上と答えそうになるが思いとどまる。あそこって立ち入り禁止だよな。言っていいものなのか?


 そこで俺は話を少し変えることにした。

「ていうか雪も栞先輩の事、何でそんな知ってるんだよ。俺と同じで昨日転校したばっかりだろ」

 ちなみに俺と雪はクラスは隣同士である。すると、雪は深々とため息をついてみせた。


「彼方、もしかしなくてもあんたって馬鹿でしょ」

「なにをぉ!?」

 雪が俺にフォークの先を向けながら話し始める。

「立花先輩はね、あの学校で超有名なの。知らない人は誰もいないくらいね。転校してきた私にも情報が回ってくるくらいなんだから。 っていうか逆に何で知り合いのあんたが知らないのよ!」

「うぐっ」


 どうやら転校初日にして双子の間で状況は違うらしい。雪はどうやら既にクラスに溶け込めているようだ。一方で俺はというと……いまだにそんなことなかった。

 それに気付いたようで雪が馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「さては彼方、まだクラスに溶け込めてないわね?」

「だ、だって転校初日に遅刻しちまったんだからしょうがねえだろ!?」

「自業自得ね。ていうかどうして寝坊したのよ」

「わくわくどきどきで眠れなかったんだよ」

「子供じゃないんだから」


 雪はもう食べ終わったようで、食器を流し台に持って行く。そして制服に着替えるべく自室へと向かって行った。

「ま、せいぜい頑張んなさい」

 そんな言葉を残して。

「きー! 憎たらしい女!」

 俺は腹が立って、皿の上にある最後のベーコンにフォークを思いっきり突き刺したのだった。


 現在、俺は自分の教室の扉の前に立っている。

「……行くぞ」

 深呼吸をして、それから扉を横にスライドさせる。その瞬間、中にいたクラスメイト達の視線が一気に俺へと向けられた。

「うっ……」

 一瞬、後ろに下がろうとも思ったがどうにか前に足を踏み出す。するとここで予想外の事態が起きた。


「あ、零道君!」


 急にたくさんの男子生徒が俺の周りに群がりだしたのだ。

「な、何だぁ!?」

 予期せぬ事態に戸惑う俺に一人の男子生徒が尋ねてくる。

「なあ! どうやって立花先輩にお近づきになったんだ!」

「え?」


 ほんの少し、ほんの少しではあるが俺はついにこの時が来たのかと思ってしまった。転校生が囲まれるというイベントが。でもそうではないらしい。全員が栞先輩の話を聞きたがっていた。

「転校してきたばっかりなのに、どうして君は立花先輩のお知り合いになれてるんだ!?」

 雪の言う通り、確かに栞先輩はこの学校のアイドルのような存在らしい。

「ま、待て! とりあえず席に鞄を置かせてくれ!」

「お、そうだな!」


 クラスメイト達の間を通って俺は自分の席に着いた。直後、クラスメイト(男子)達が俺の机を取り囲んだ。

「で、どうやって知り合ったんだよ!」

「どうって普通にだけど」

 その返答に男子達がざわめく。


「何……だと……!?」

「立花先輩と普通に知り合えた……だと!?」

「そんな超難易度のクエストを普通にクリアした……だと!?」

「だとって言い過ぎだろ。ていうか栞先輩って何でそんなに有名なんだ?」

 その質問に男子達がさらにざわめいた。


「今……何て?」

「栞……先輩?」

「名前で呼べちまうのかよ……」

 男子達は何故か絶望の表情を浮かべていた。

「なんなんだよ、どうしたんだよ」


 すると、俺の隣の席に座っている女子生徒が親切に教えてくれた。

「立花先輩って本当にこの学校のアイドルなのよ。でもね、代わりに男嫌いでも有名なの。だから知り合いになれた零道君が羨ましいんじゃないかな」

「え、そうなの?」

 俺と話した限りじゃそんな風には見えなかったけどな。

「ね、海斗」


 その女子生徒が絶望の表情を浮かべる一人の男子生徒に声をかけた。すると、海斗と呼ばれた茶髪の見た目チャラい感じの男子生徒が俺の方に詰め寄ってきて俺を揺さぶった。

「そうなんだよ! 男には相当冷てぇんだ! だから、今おまえは期待の新星なんだよ!」

「お、おう。そ、そうなのか」


 揺さぶられ過ぎて、脳震盪を起こしそうだ。俺のその状況に気付いたのか、先程の女子生徒が止めに入ってくれる。

「ほら、海斗。零道君辛そうよ。やめな、さい!」

 言葉が終わると同時に女子生徒の正拳突きが男子生徒の腹にめり込んだ。

「うっ!?」


 男子生徒が腹を押さえて蹲った。

「だ、大丈夫か!? えっと、海斗だっけ?」

「あ、ああ。いつものことだ。なあ、絵美?」

「いつもあなたを殴る私の身になってもらいたいわ」

「殴られる俺の身にもなって!?」


 絵美と呼ばれた女子生徒は、海斗を無視して俺の方を向いた。

「私、二見絵美っていうの。よろしくね」

「あ、俺は柴咲海斗! よろしくな」

 その二人に続くように俺に皆が自己紹介をしてくれた。男子達だけではない、女子もである。やったぞ、雪。どうやら俺、せいぜい頑張ってるみたいだ。


「ていうか昨日はどうして誰も寄ってきてくれなかったんだ? 結構寂しかったんだけど」

 俺の質問を受けて、皆が顔を見合わせる。そして、絵美が代表として答えてくれた。

「だって零道君、遅刻してくるし一発ギャグ寒いし、ちょっとイカレた人だと思ってたのよ」

 絵美の言葉にクラスメイト達が同意する。

「じゃあ、もうその認識は改まったんだな」

「いえ、まだね」

「えぇ!?」

「まぁイカレてはいるかもしれないけど、悪い人じゃないみたいね」

「……納得いかないけど、今はそれでいいや。とりあえず、皆よろしくな!」

 こうして俺のクラスメイト達との関係は始まったのだった。


 昼休み、俺は二年生の廊下を歩いていた。その後ろには海斗と絵美がいる。

「おい、彼方。本当に行くのか?」

「海斗、あんたはついてこなくてもいいのよ」

「いや、別に絵美も呼んでないけど。場所さえ教えてくれたら」

「いいから行くわよ」


 そして俺達はあるクラスの前で立ち止まった。

「ここよ、ここが立花先輩のクラスよ」

 二-三と書かれたプレートが高い位置につけられているそこは栞先輩のクラスだった。俺が海斗達に栞先輩の教室の場所を聞いたところ、案内してもらったのだ。

「で、彼方はどうして立花先輩に会いたいの?」

 絵美は俺のことを彼方と呼ぶようになった。まあ、俺も基本相手のことは下の名前で呼ぶしな。

「ああ、ちょっと用事があってな」

 そう言いながら、栞先輩のクラスの扉を開ける。多くの上級生が俺の方を向く中、それには栞先輩の視線も含まれていた。


「……」

 栞先輩、一瞬で顔に影がかかったぞ。そんなに俺と会いたくなかったのかよ。まあ関係ないけど。

 俺は一言お邪魔しますと言った後、栞先輩の目の前まで歩いていった。栞先輩が訝し気な目で俺を睨む。

「……何の用かしら」

「用っていうか頼み事なんだけど、大雨が降る日、俺と登下校してくれないか?」

「……え?」

「えーーーーーーーー!?」

 栞先輩が茫然とする中、二-三のクラスでは大合唱が鳴り響いた。


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