第一章 第二話 零道彼方、夢を見る
「零道、凄く良い度胸してるな。あたしは嬉しいよ。だいぶ育てがいがある転校生が来てくれて」
「あの、本当にすいませんでした」
俺は今、職員室で担任の先生のアイアンクローを受けていた。本当は体罰だ、と大きな声で叫びたかったが、全然力は込められておらず、ただ凄まじい気迫が伝わってきていた。とてもじゃないが逆らおうとは思わない。
「いいか、あちこちから目撃情報が上がってるんだよ」
目の前の担任の名前は梶堀由夢。どうやらなかなかに男前な先生のようだ。由夢先生は足を組み直しながら、俺に笑みを浮かべる。
「いや、だって中途半端に転校生に来られても由夢先生困るでしょ」
「そうだよ困るよ。だけどな、勝手に散策されても困るんだよ! それにあたしのことは梶堀先生って呼べ!」
ほんの少しだが俺の頭を掴む手に力が込められた、ような気がする。由夢先生は椅子から立ち上がると、教科書をまとめて俺を急かした。
「ほら、行くぞ」
「行くってどこにですか。もしかしなくても次のうちのクラスの授業、先生ですか?」
「そういうことだ。だからほら、行くぞ」
由夢先生が職員室を出ていく。俺も慌ててそれを追いかけた。
結果から先に言いたいと思う。初めての転校ということだったが、見事に失敗した。予め考えていた自己紹介は全然ウケなかったのだ。一発ギャグはもう時代じゃないと言うのか……。
すると、チャイムが学校中に鳴り響く。気づけば四時間目が終わって昼休みに突入した。
「ついにこの時が来たか……」
三時間目に紹介してもらってからというもの、俺は未だにクラスメイトに囲まれていなかった。きっと休み時間が短いからだろう。そう、信じたい。
ところが、昼休みに入ってからというもの、クラスメイトが俺の周りに集まってくることはなかった。ていうかそもそもクラスには俺しかいなかった。
「……何で?」
寂しくなって俺はクラスを出る。すると、四階の窓から一階の人の流れが見えた。
「皆一階に行ってるのか、もしかしなくても食堂でもあるのか?」
俺は急いで一階へと降りる。そして人の流れの先には確かに大きな食堂があった。長机がいくつも並べられており、おそらく半分以上の生徒が座れるだろう程度は席が存在していた。どうやらこの食道は食券制らしい。
とりあえず俺は食券を買うべく長蛇の列に並ぼうとした。すると、列の途中にある人物を見つけた。
「あ、あんたは!」
「……今日はお弁当にすべきだったわね」
そこにいたのは屋上にいたあの先輩だった。その隣にはボーイッシュな黒髪のこれまた女の先輩が立っている。その先輩も美少女だった、というよりイケメンのようだった。
「栞、この子誰? 知り合い?」
そのイケメンの先輩が例の先輩に話しかける。ん? しおり?
俺はとっさに例の先輩の方を見た。例の先輩はしまったと言うように顔を逸らしていた。
「さてはあんた、栞って名前だろ!」
「和泉。よくも私の名前、言ってくれたわね」
「え?」
いずみと呼ばれた先輩が不思議そうに首を傾げる。俺としてはナイスだったぞ、和泉先輩!
「さて、名前も分かったことだしじゃあ―――」
その時だった。
「何してんのよ!」
突如、見知ったツインテールの女子生徒が俺の脇腹に飛び蹴りを放ってきた。
「げ、ゆ―――」
俺が名前を言い終わる前にその飛び蹴りが見事に炸裂する。そして痛みが強烈に弾けた。
「いってぇっ!?」
受け身も取れずに床を転げまわる。そして止まった直後、体の上に蹴りを放ってきた生徒が乗って来た。
「彼方! 遅刻はまだしも、これは駄目よ!」
「いや、遅刻も駄目だろうが! ていうか起こしてくれよ、雪!」
雪は俺の上から降りることなく、ふんっと顔を背ける。これは妹の雪、といっても俺と雪は双子だ。先に生まれたのが俺ってだけで実際は大差ない。
「それよりもこれは駄目ってどれだ!」
「それは立花先輩と話していることよ!」
「立花先輩?」
俺は最初誰のことを言っているのか分からなかったが、もしかしたらと思って栞先輩の方を向いてみる。すると、案の定栞先輩は顔を背けていた。
「さてはしおり先輩、苗字はたちばなだな!」
「だから、それをやめなさいって言ってるのよ!」
雪の拳が腹にめり込む。一気に肺に溜めていた空気が飛び出していく。俺はむせながら再び酸素を取り込むべく息を吸う。
「だからどれだって……」
「立花先輩にタメ口で喋ってることよ!」
「あー、それか」
確かに傍から見れば、それは礼儀に反しているかもしれないな。だが、さっき会ったばかりなのに俺は栞先輩に敬語を使う気にはならなかった。
「まあ、別にいいんじゃね? な?」
俺が栞先輩の方へ尋ねると、栞先輩は深々とため息をついた。
「いいわけないじゃない、喧嘩売ってるのかしら」
「むしろ最初に喧嘩売って来たのそっちじゃなかったか。ほら、この耳は飾りかなんて言ってきただろ」
俺が自分の耳を指さしながら尋ねると、栞先輩が馬鹿にしたように笑う。
「私は売ってるわよ? 自覚しているわ」
「より質悪いじゃねえか」
俺と栞先輩のやり取りをいずみ先輩と雪は不思議そうに聞いていた。そして同時に俺達に尋ねる。
「ちょっと彼方、あんた立花先輩の知り合いなの!? 転校してきたばっかりよね!?」
「ちょっと栞、あの男の子、あなたの知り合いなの? 男嫌いで有名なのに」
すると、栞先輩が驚いたように俺の方を見た。
「あなた、転校してきたばっかりなのね。どおりで私のことを知らないはずだわ」
「まあな。そっちも雪の反応を見たところ、本当に有名人みたいだな。雪も転校してきたばっかりなのに、もうあんたの名前を知ってるみたいだし」
「雪っていうのはあなたの傍にいる子かしら?」
栞先輩に視線を向けられて、雪が驚きを隠せずにいた。
「え、あ、はい! 零道雪です! 彼方の双子の妹、やってます!」
その言葉を聞いて、栞先輩が俺へいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「そう。つまりあなたは零道彼方っていうのね」
「そうだよ、一応言うけど俺は別に隠してるつもりなかったからな。むしろ自己紹介しようとしてたわ」
やり返したつもりだったのに、俺が別に悔しそうにしてなくて逆に栞先輩が悔しそうにしていた。
「あなた、本当にいい度胸してるわね」
「そりゃどうも」
俺と栞先輩が笑顔で睨みあう。
周囲の人は雪も和泉先輩の含めて不思議そうに俺達を見ていた。
ここまでが転校初日の栞先輩との話。と同時にまだただの先輩後輩としての関係だった俺達の話。だが、明日から俺と栞先輩はただの先輩後輩と言うことは出来ないだろう。明日からの俺達の関係を一言で表すならば……『霊』という言葉は不可欠だから。
気付いたら、俺は大きな十字の交差点の一角に立っていた。空は雲で覆われていて、バケツをひっくり返したような雨が一帯に降り注いでいる。
一瞬わけが分からなかったが、本当にそれは一瞬だけですぐに状況を理解した。どうやら俺は夢の中にいるらしい。変に意識がはっきりしている。明晰夢というやつだろう。
俺は辺りをきょろきょろと見回してみた。すると、俺の立っている交差点の角のとなりの角に赤い傘を差している髪の長い黒髪の女性が立っていた。その女性には見覚えがある。
「栞先輩……?」
見たところ信号待ちしているようだ。他には誰もいない、車も一切通ってなかった。
俺は栞先輩を凝視していた。というよりもそれ以外俺に出来る動きはなかった。しかし、突然違和感が俺の中を駆け抜ける。違和感に気付いた俺はいつの間にか動かせるようになっていた首を動かして、その違和感の元へと目を向けた。
その違和感は向こうから走ってくるトラックだった。運転手である中年の男の横にその男と同世代くらいの女がいた。どうやら違和感の原因はその女らしい。というのも、その女は体が透けていたのだ。トラックの後ろの壁が見えてしまっている。
今度は、その女を凝視してみる。女の表情は遠くからでも分かるほど憎しみに満ちあふれていた。さらにその目は運転手の男に注がれているのだ。
すると、その女が急に動き出したかと思うとトラックが左に曲がり始めた。どうやら、女がハンドルを左に操作したようだ。
しかも、最悪なことにトラックの向かう先に栞先輩が立っていた。栞先輩は逃げるでも悲鳴を上げるでもなく、トラックを見たまま呆然と突っ立っていた。
「逃げろ!」
俺は声を張り上げて、急いで栞先輩の元へと走り出そうとした。だが、足も声も出ない。たとえ出ていたとしても、既に手遅れだった。
唯一差し出せた手も栞先輩には届かない。
そして、トラックと栞先輩が交錯したとき、赤い傘が宙を舞った。
俺は体を勢いよく起こした。時刻は朝六時前。昨日より素早く起きることが出来た。これで遅刻はないというのに俺の精神状態は酷いものだった。
「……何で引っ越してきて早々予知夢見るんだよ」
俺は先程の夢のせいで掻いている汗を拭いながら独白した。
「栞先輩が……死んじまう」
最悪の事態に、俺は思わず食いしばった。
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