β46 二人の美舞★雪どけのように・後

   3


「真っ暗だ……。どこだ? 城の正門か?」


 玲は、ふと目覚めた。

 暗がりにはすっと目が早く慣れる。

 日頃の訓練によるものだ。


「誰も居ないのだな。美舞もむくちゃんも」


 再び、捜してみたが、気配がない。


「美舞ー! むーくー!」


 何の音一つなく、静かだ。


「皆、生きているよな。もうダメって事は、ない筈だ」


 城へ来る時よりは、確信を持っている。


「二人の顔を見たし、嬉しかったよ。むくちゃんの娘っぷりも見られたし」


 どこを向いても真っ暗な中に存在を感じられなかったが、致し方ない位にしか思わなかった。


「そうだ、歩こう。美舞かむくちゃんに会える兆しがある」


 一歩踏み出したが、嫌な感触を覚える。


「やはり、下に何かある」


 正確に測って、四百、歩みを進めた。


「うわっむにゃむにゃとしている。今度は、気持ち悪くならないぞ。そうだな。あっちに十字架の光がある。行ってみよう」


 玲が、更に五百歩行っても光に近寄れない。

 

「うーん。心が虚ろにならないから、カルキに会わないのか……」


 一芝居打った。


「こーこーは、どーこかな?」


 ――虚数空間である。


「え? 誰? 直接話して来たの?」


 来た来たと、鴨さん万歳の気持ちで企んでみる。


 ――名は?


「名前……」


 玲は、一呼吸して、騙してみるしかないと結論付けた。


「そ、そうだ! み、美舞……。妻の。それに、む、むく……。むくちゃんだ、赤ちゃん。娘だ」


 慌てる芝居もみっともない位がんばった。

 

「俺の探している人は、土方美舞と土方むくだ!」


 上の方を向いて叫んだ。


「美舞ー! むくちゃんー!」

 

 ぐにゃんぐにゃん。


 空間が歪む。


「俺は、ここにいるぞ!」


 そう玲が叫ぶと、十字架の光が次第に大きくなり、もの凄く眩しい光に包まれた後、虚数空間なるものは、消えた。


   4


 玲は、空間を出てみると、祭壇の上に横たわっていた。

 しかも、椅子のあたりだ。


「鏡が、割れている」


  雷の様にヒビが入っていた。


「依然として、二人の居場所が分からないな」


 くどくどと見渡していたら、気が付いた。


「なんか、騒がしいなー。やれやれ、どうした」


 玲は、様子を見ていた。


「奥さまは、どちらからおいでになったのですか?」


 初老の品の良い婦人が、三十代の地味な服装の女性に訊いている。


「札幌に住んでいます。ここは、一体どこでしょうか?」


「旦那さん、見た事ありますよ。テレビかな?」


 ハンチングをかぶった男性に、かっぷくの良い背広を着た男性が訊かれた。


「軍事評論家です。さっきまでは、那覇にいたのですが? ここは、一体?」


「……皆さん、悩みごとはありますか?」


 様子を看過できずに、医師の心得もあってか、玲は、祭壇の椅子に浅く腰掛けて、肘を脚に乗せ、前で手を組み合わせてから優しい笑顔で応対する。


「私は、まだ寒い日に、息子、一歳にならない赤ちゃんを家に置いて、コンビニに行きました。たった小さな衝動で、そのまま、車でどこかに行ってしまいました。育児を放棄してしまったのです! こんなママの子では、赤ちゃんが死んじゃうわ!」


 札幌に住んでいる女性が、興奮しているようだ。


「俺は、シングルファーザーです。まだ高校生の娘が、沖縄で、犯されました。許せないですよ。それで、そのガキを訴えるべく活動していましたが、全く上手く行かないので、心中をしようと考えていた所でした」


 那覇の男性が、憤りを過ぎ、落胆している。


 皆、次々と苦労話、忘れたい話を沢山し始めた。


「ここは、忘れたい事がある人が集まる場所……」


 そう、玲は、思った。


「うわっ」


 割れた鏡の左から、むくちゃんが、転げ落ちた。


「はわっ」


 割れた鏡の右から、美舞までもが、転げ落ちる。

 二人の様子が可笑しかったので、玲は、吹いた。


「ぷっ。くくくく。はっはっは!」


 久し振りに笑ったのにも笑える。


「あーっ、はっはっは! 腹痛いよ。くくくく。腹直筋がカッコよくなっちゃうぞ」


 この城のそこらじゅうに響き渡ったとも思った。


「お帰りなさい、土方美舞、土方むくちゃん」


 玲は太陽みたいな最高の笑みを注いだ。

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