β51 帰宅★孫の異変にじいじもばあばも

   1


 シャラン。

 シャラン。


 徳川第二団地四〇一号室に、家族三人で久し振りに戻る。

 すると、びっくりな先客があった。


「おお、玲君。むくちゃん! それに、美舞も……! 良く来たね」


 ウルフが迎え入れる。


「おお、美舞……!」


 マリアが、泣き腫らした目で玄関に駆け寄った。


「父さん、母さん。僕なら、大丈夫だよ。ほら?」


 ひょいと玄関に上がりながら顔を見せる。


「無事で何よりだわ」


 マリアが、美舞にひしっと抱きついた。

 いつも割と距離を取るタイプのマリアにしては珍しい。


「ありがとう。玲君。そして、美舞」


 ウルフは、それぞれにハグをした。

 しかし、強く抱擁した為、苦しむ二人に悪かったと、顔の前で手を合わせる。


「むーくちゃん、よしよし」


 むくちゃんは、じいじとばあばから、頭を撫でられて、歓迎された。

 声を掛け合って、奥にある六畳間のリビングへと流れると、皆寛いだ。


「はい、父さん。はい、母さん。どうぞ。玲も」


 皆で、まるテーブルに付き美舞が入れた緑茶をいただく。

 皆、美舞流の渋めの味にが懐かしく思えた。


「私ね、玲君から何の連絡もないし、美舞もむくちゃんも姿がなくて心配して来ていたの」


 マリアお義母さんは、この頃涙脆い。

 ハンカチは常日頃から濡らしがちだ。


「すみません。俺がしっかりしていなくて」


「玲君のせいではないだろう」


 ウルフも咎めるつもりはなかった。


「美舞が、迷っていたのを探しに行っていたのです」


「率直にありがとう。玲君。どこへだね?」


 ウルフは、両手でお茶の湯気を芳しく思う。

 実は、お砂糖を入れたい気分なのは秘密だ。


「上空から見ると五芒星の形をした黒い時間城まで。徳乃川神宮から、天守閣が見えるアレです」


 玲は、隠し様がないと、打ち明けた。


「城だって? そんなに目立つ物を儂は知らないが」


「そんな物あったかしら?」


 ウルフもマリアも湯呑みを置くと、口を揃えた。


「え? なかったですか?」


 玲は、あの城でむくちゃんと別れたこと、二人の美舞が現れたこと、つい先頃の事を信じていたからこそ、驚いた。


「ないと思うよ?」


 念を押すウルフは眉根を寄せる。


「そうですね。なかったと、俺も思います……」


 ここは口を合わせようと、玲は形から入った。


「おいおい、玲君」


「まあ」


 義理の両親は、軽く笑った。


   2


「むくちゃんは、ねんねのままか……」


 玲が抱いていたむくちゃんを隣のウルフが覗き込んだ。


「ずっと起きないんだよ、むくちゃん」


 美舞が、紅潮して訴えた。


「笑わないのですよね、生まれてから一度も。大丈夫でしょうか?」


 玲が、そう真剣に訊く。


「まだ、早いでしょう? 心配要らないわよ」


 マリアが、優しく受け答えた。

 母として、美舞を育てたから、経験が物語る。


「あら、どうしましょ。おむつもミルクもやっていないのではないかしら? ねえ、私がお世話してもいい?」


「どうぞ。俺から、マリアお義母さんに是非ともお願い致します」


 心配の掛けっぱなしだ。

 この間は、意地を張ってマリアお義母さんに悪い事をした。

 むくちゃんの祖父母なのにと、玲は、反省しきりだ。

 マリアが、むくちゃんをベビーベッドに寝かせる。

 うちの超能力ベイビーは、深く眠っていた。


「まあ、可愛いわねえ」


「そうだな、儂にはマリアにしか見えない」


 にやにやしてしまうウルフもそうだが、初孫をマリアもうっとりと可愛がっている。

 玲は、義理の両親から大切な時間を奪ってしまった。


「私が、おむつ見てみるわ」


 カサカサ。


「あら? 綺麗なものだわ。一応、かぶれるといけないから、新しいのにしてもいいかしら?」


「はい、お願いします」


「ありがとう、母さん」


 美舞に玲、子供達も少しの間に変わった様だ。

 程々の距離感に恩と礼、必要な場合もある。

 その時、ウルフが見ていて異変に気が付いた。


「おい、皆。見てみろ……」


   3


「むくちゃんの両手に痣が……!」


 美舞も玲も目を剥いた。


「しかも、五芒星と逆位置の五芒星だよ?」


 美舞も驚きを隠せない。


「両手に五芒星の痣が?」


 皆が寄って来てざわついた。


「僕の両手には、何にもないよ」


 美舞の手には、一旦カルキになっていた時にはあったが、なくなった様だ。

 あの城で玲とバトルした時に失せたと思われた。


「俺は、右手に六芒星がうっすらとあるのですが。どうしましょうか、ウルフお義父さん。ははは」


 玲は、ドライな笑みで誤魔化す。


「玲君、大丈夫だ。この手は、医療に向いている。そっと翳せば、治癒にも使えるぞ。医師になって、何にもない戦地に行ってみろ。自分のこの右手を大切にしてみたまえ」


 流石の元軍医ウルフのアドバイスに、玲は、頭が下がる思いだ。


   4


「むくちゃんの性決定権を持つ染色体は……。X染色体とY染色体なんだ。実は」


 美舞が、口火を切った。


「何ですって?」


「何だと?」


 マリアもウルフも驚愕の表情だ。


「左手に表れたのは、祖母のマリアの五芒星、ママの僕の五芒星と、順調に、女系の五芒星と繋がっているんだ」


 いや、順調に思っているのは、特殊だからとは、玲は、言わなかった。


「だけど、右手に表れたのは、祖父のウルフやパパの玲のとは関係がないんだよ。第一、逆五芒星ではないし」


 美舞は、持論を展開する。

 これをいつの間に悟ったのか、考えたのか、誰にも分からなかった。


「どう言う事?」


 皆が、又、ざわつく。


「Y染色体に組み換えられたんだ。それは、本来はX染色体に乗る筈の聖の力を持つ、新しい遺伝子。つまり、突然変異が起きてできたんだよ。だから、両性具有的になっている……。そう、僕は、閃いたんだ」


 美舞は、むくちゃんのおむつを綺麗にしてあげた事がなかったので、知らなかった。


「見た目、女の子の様だから」


 美舞が、むくちゃんの顔に、顔を近付けた。


「聖の力を両手に持つ、スーパーベイビーと言う所かな」


 美舞が、にこりと笑顔で受け入れる。

 しかし、むくちゃんは、目を瞑ったままだった。


「しかも、母さんの名前は、マリアだろう。イエスキリストの様だね?」


 ここにいる誰もが、美舞の話にのめり込む。

 

「これから、むくちゃんとの生活、どうするの? 玲君、美舞」


 マリアが、訊き、ウルフも答えを待っていた。


「それは――」


 シャラン。

 シャラン。


 四〇一号室のベルが鳴る。

 皆が、タイミング悪く、どきどきする話だったので、驚いた。

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