β28 結婚式の奇跡☆流れ星に祝福されて

   1


 ――五年後


 シャラン。

 シャラン。

 美舞の家に、日菜子が来た。


「こんばんは。お邪魔致します」


「ひなちゃん。僕の為に、結婚式の準備を手伝ってくれて、本当にありがとう。やー、ありがたい!」


 ハグをした。

 美舞は、まだ、普段着で、グレーのニットワンピースにタイツ姿だ。


「いやいや、なんの」


 日菜子に照れもみえる。

 こちらは、オレンジのスーツを着て、一段と綺麗になっていた。


「ひなちゃんは、総合家政学部も忙しいのに。又、大学で、ハイジ部作って部長さんやって。ねっ」


 美舞は、日菜子用のスリッパを揃えて置き、居間へと案内した。


「美舞は、大学へは行かなかったけど、もう武道家でしょう? 日々、自分を鍛練する一方、徳川学園に通い、コーチを勤めたりと、がんばっているよね」


 自慢の親友、大好きな親友だ。

 そう思い続けて来た。


「好きな事しかしていないよ」


 素直な美舞の素直な生き方が、周りの皆に優しいのだろう。


「玲君は、凄いよね。医学部に進学して、塾講師のアルバイトまでして。インテリだわ」


 日菜子だって、やはり、友達ががんばっていると嬉しい。


「アルバイトは、子供達に、色々楽しく教えるのが好きなんだって。医学部は、葉慈お父さんが、軍医だったんだって。割りと後から知ったんだよ。僕は」


 美舞は凄くもないよと日菜子に笑った。


「それじゃあ。僕も支度して来るよ」


 今日は、三浦美舞と土方玲の結婚式だ。

 七月七日の晴れた夜に、予定通り行われる。

 三浦家リビングにて、マリアとウルフがウエディング姿の美舞の元に揃っていた。


「父さん、泣くのはもうよしてよ」


 マリアの様に美しくなった美舞の前で、落ち着かないウルフと落ち着き過ぎて怖いマリアがいる。

 家族だけの団欒は、最後のひとときとなった。


「美舞、キスは父さんの前でしてはいかんぞ! あれは心臓に悪い! いかん!」


 ウルフはウエディングドレスのまだ飾ってあるベールを触り懇願した。


「んー」


 縋る様でみっともないけれども、その気持ちも分かるのでマリアは黙っていた。


「人前結婚式なんだから、仕方ないじゃない」


 美舞と言う娘は、性格が少しウルフに似ている。

 ウルフを慕っているのは間違いない。

 寂しいのは父、ウルフだけではなかった。

 娘も同じだと言う事は表情から十分伺えたが、それでも宥めるしかないのは、美舞の中の強さと毅さだった。


「美舞は、見た目は母さんの様に美しく、中身は父さんの様な所があって、もう最高の娘だといつもいつも自慢していたのに」


 ウルフはポケットチーフで涙腺から鼻に出たものをかんでしまった。


「これからも、そのままでいいでしょう? 父さんの娘をやめる訳じゃないんだよ」


 美舞もウルフとは負けない所が似ていて可愛いと、又ポケットチーフを使ってしまった。


「はい、ウルフ」


 新しいポケットチーフをマリアが渡してくれた。

 用意していた様だ。


「あの男、婿にすればよかった」


 ウルフの余計な呟きで、ピチッとマリアにでこピンをされた。


「貴方はお酒も戴きませんからね。発散できないのは分かります」


 マリアが肩をさする。


「……マリアは流石妻なだけあるなあ。死に水は、おばあちゃんに取って貰おう」


 ウルフが思いっきり馬鹿な事を言い出した。


「やーめっ」


 美舞にでこピンを一つされる。


「駄目ね」


 マリアにでこピンをもう一つされた。


「あいててて」


   2


 コンコン。

 ノックの音と日菜子の声がした。


「お支度の仕上げに来ました。日菜子です」


 美舞はその時が来たのだと感慨も積もり、又これからは中々行き来できなくなる親友に一目会いたくてドアを開けた。


「ひなちゃん、この度はお手伝いありがとう。何度でも言うよ」


「芳川日菜子さん。私達からもお礼を申し上げます」


 マリアとウルフが深々と頭を垂れた。


「いえ、些細な事で恐縮です。この度は誠におめでとうございます」


 日菜子のコーディネイトは最高だ。

 美舞と玲で基本的には式の支度をしたが、日菜子のサポートで粋なものになった。

 衣装デザイン、縫製、ハイジ部部長の腕前の最高傑作だ。

 さて、式はとうとう始まった。

 三浦家でのガーデンパーティー形式だ。

 三浦家の居間には、まだ、皆がいる。 

 花嫁の美舞は、ワンショルダーのウエディングドレス姿で、もの静かだ。

 新郎の玲は、白いタキシード姿で、いつもの様子だ。

 そして、新婦の父ウルフは、モーニング姿で畏まっっている。

 同じく母の“漆黒のマリア”は、黒いイブニングドレス姿で、花嫁をも凌駕しそうだ。


「玲君、時間になったわ」


 玲は、日菜子に呼ばれて、先に庭に出て来た。

 この新しい家族の間で、結婚式と結婚披露宴が始まろうとしている。

 美舞は三浦家から土方家に入る事になる。

 三浦家の庭では、ピンクの胸元のリボンが可愛らしいワンピース姿の日菜子らが列席していた。

 これも、ハイジ部部長日菜子のお手製だ。 

 日菜子も含め周囲はあたたかく見守ってくれていた。


   3


 玄関から出て来た美舞とウルフとマリアに、日菜子は頬が照る。

 そして優しく美舞に声を掛けた。


「美舞、今一番輝いている……。ウエディングドレスではなくて、美舞が、美しく舞っている……! 本当におめでとう、土方美舞」


 日菜子はそっと自分の涙を拭う。

 父が花嫁の手を引き、母がその後を歩み、新郎に美舞の手を渡した。

 粛然と歩んで行った。

 三浦家と土方家の四人の心境は、列席した皆が察するに鳥滸がましい感じさえした。

 玲と美舞は皆の前に静かに立つ。


「私達は永遠に愛し合う事を誓います」


 声がぴったりと揃っていた。


「糟糠の妻は堂より下さずと肝に銘じます」


 玲が、特別な気持ちを込める。


「夫婦は二世と肝に銘じます」


 美舞も同じ心境の様だ。

 玲は、美舞の頬にそっと右手を当てた。

 玲の右手にはもう力はない。

 美舞は、桜の様にその瞼を閉じた。

 当てられた右手から、次第に紅潮する頬を隠せない。

 玲の瞳には、甕覗き色の涙がうっすらと住み始めた。


    4


 二人は、優しくキスを交わした。

 奇しくも、マリアとウルフが知り合った時と同じ日の夜、七月八日の零時ジャストだ。

 ――すると、星降る夜空から祝福の星が一筋流れた。

 流星群の最初の一つ星だ。


「おめでとう!」

「おめでとう!」

「かんぱーい!」


 祝福の星に、誰か気が付いただろうか――。

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