β03 熾烈な愛☆口説くのは恥ずかしい

   1


 マリアはゆっくりと瞼を起こした。

 自陣のではない簡素なテントに、つんと鼻につく消毒液の香りでぴりっと目を覚ます。 

 ずっと立っていただろう人物に、警戒した。

 ぴくりともせずに優しい眼差しを向けられている。

 先程まで闘っていた“白銀のウルフ”からだ。


「つっ……」


 マリアは起き上がろうとする度に、がくっと脱力する。

 今まで痛みを感じたことのない所まで、軋むようだ。


「痛くはないからね! それから、寝不足だったのよね!」


 中学生かと思えて、ウルフは堪えきれずにうっすらと涙が出た。


「マリア……。無理をするな。君は今、動ける状態じゃない。覚えていないだろうが、君は力を暴走させたんだ。力のことは後々教えるとして、今は養生することだね」


 ウルフは優しい顔をして子供を諭すように言った。

 とても敵に対する態度ではない。


 ウルフに、見知らぬ男がフランス語で言葉をかけた。

 そして、ウルフは「すまんね」と苦笑を浮かべて右手を挙げた。

 テントの主だろうかとマリアはお世話になっている姿を恥ずかしいと感じる。


Quiウイ


 男はウルフに親指を立てて、テントから出て行った。

 そして、小さなテントにはマリアとウルフだけが残ることになった。


 マリアは、よく己の姿を見た。

 敬意を表してか、手当をした後、身につけていたものは、全て元に戻されている。


「頼んでないんだけれどもね」


   2


 マリアはウルフに対しても死ぬことに対しても恐怖感はなかった。

 今までいくつもの戦場を駆け抜けて来た、兵のみが持てる一種の錯覚か。

 その錯覚のお陰で、何度も修羅場をくぐり抜けて来られた。


「多分、ウルフあなたも私と同類でしょう?」


 マリアは小さく背中を丸めて呟いた。

 これも一種の「第六のカン」で、説明は要らない。


「そう。同類。仲間、仲間」


 今は羽をもがれたマリアに、ウルフが有利に立つ。

 だから、もうウルフは、微笑んでいるのかにやけているのか、顔が粘土のようだ。


「動悸がするわ」


「……ぷっ」


 これには、ウルフは吹いてしまった。


 とにかく、マリアはウルフの前では、緊張と尊敬と敬愛の複雑な感情に支配された。


   3


「ねえ……。どうして……」


 マリアが口を開いた瞬間、ウルフの顔が緊張したように見えたが、それは一瞬のものだった。

 ウルフはすぐ先程の穏やかな表情に戻り、ゆっくりと口を開いた。  


「君が不思議がるのはよく分かる。君は我々の敵だし、仇でもある。でも、俺はそのことよりも君の……」


 マリアは言い渋っていると受け取ったけれども、ウルフは人一倍大真面目だ。


「君の……?」


   4


「君の美しさに惚れてしまった。君がもし元のところに帰りたいというのならそうしてもいい。でも、君が俺の気持ちに応えてくれるなら、ここにいてくれないか?」


 ウルフは顔を真っ赤にしている。

 いや、顔どころか耳も手も、肌が露出しているところ全て真っ赤にしながらだ。


「ええええ……!」


 ちょっと大きな声を出してしまったマリアは、口を覆った。

 恥ずかしかったし驚いたからだ。


 今まで彼女の外見に惑わされ口説いて来た男はそれこそ山のようにいたが、敵に、しかも闘った男に告白されたことなどなかった。


 何故なら、マリアと一対一で闘った男は、女もだが、全て地獄の門をくぐっているからだ。

 ウルフだけがマリアに勝った唯一の男なんだ。

 自信喪失の中、敵に助けられるとは。


「こんな私を? え? 何で! 会ったばかりですけれども、ええ?」


 マリアは自分の運命の数奇さに笑わずにはいられなかった。


「あはははは……」


 その笑いはウルフには嘲笑にとれたのか、不機嫌そうな顔になる。


「一世一代のプロポーズでしたよ」


 いじけすぎなウルフにきゅんっとなって欲しい。

 だが、マリアにも不慣れなものがあるようだ。


   5


 マリアはウルフの顔をじっくり眺めてみた。

 闘っている時は顔などよく見ている余裕などない。

 第一、そんなことをする必要もなかった。

 闘いに負けたら死んでしまうのだから。


 結局、マリアはウルフに負けたが死ねず、敵に告白をされることになったのだから人生どう転ぶか分かったものではない。

 塞翁が馬だ。


「自分で、敵から告白されるって、今まで、考えたことあると思う?」


「ウルフも目立ってるわね。自信があるってこと。私達、似ているのかしら?」


 ウルフは見事な銀髪を後ろに結び、白い戦闘服を着ていてマリアとは正反対に目立つ格好をしている。


 マリアにしろウルフにしろ、戦場で目立つ格好をしているのは、自分の能力に自信があるからで、「自分を斃せると思うならかかって来い」という挑発をしているからに他ならない。


 よく見るとウルフは美形の部類に入るのではないかとマリアは思う。


「結構いい男ね」


 おだててはいなかった。


 ウルフの眼は海が透き通るように綺麗だと、再認識する。


「綺麗だな……」


 マリアは思った。

 とても傭兵の、人殺しの眼ではない。

 じっくり見ている内に、目の前の男に興味を抱き始めている自分に気が付いた。

 マリアは暫く考え込んでいたがふっと面をあげ、ウルフの熱い瞳を見つめた。


   4


「わかったわ。しばらく貴方の側にいてみようと思う。私も貴方の強さに興味があるし、それに貴方の……」


「?」


 ウルフは、快諾か微妙なので戸惑う。


「いえ、何でもないわ。貴方には見事に負けたもの……。私は今まで貴方ほどの男に出会ったことがないの。私は貴方に負けて一度死んだのよ。私は傭兵をやめるから貴方もやめてくれないかしら。それだけの価値があると思うけれども」


 ウルフはマリアの言葉に驚き、暫く考え込んだ挙句、承諾の意を表した。


「そうですね!」


   5


 ――それから一週間後、二人は戦場から消えた。

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