β02 二人の傭兵☆出逢ってしまった赤い糸で
1
――某国秘密部隊。
ガサッ。
「静かに……。ベースまで、近い」
その日、二つのベースが、森林の中近くに張られた。
ここは、侵入者側と抵抗勢力側の最前線だ。
戦場に
正規の軍人に限らず、傭兵にも数多くの兵は存在する。
その中でも一際光る二人の傭兵が、ここにいた。
「はあ、今日もしけていたわね」
一人は、“
長い黒髪、吸い込まれそうな黒い瞳、均整のとれた体に黒い戦闘服は彼女にしか許されない。
これが、
これまで、実に四桁にも及ぼうかという数の敵兵を
「退屈しのぎしようかしら? 夜になったし、お・さ・ん・ぽ」
マリアの優れた所は夜戦にある。
黒い戦闘服で暗闇に紛れ、素早い動きで敵に接近し斃す。
女傭兵の武器は、誰にも知られていない。
それは、彼女と闘った兵士が必ず斃されるからだ。
尚、斃した兵士の体には、明らかに何かで切られたような跡がある以外には、何の痕跡も残っていない。
こうして、マリアは、戦場で常に有利に闘える。
まだ、二十歳と若く、身の丈は、百六十数センチと、程々だ。
――隣接したベース。
「ふう、夜風に当たるか。眠れるような気配ではないし。散策と行くかな」
一方、“
長く見事な銀髪に透き通るような碧の瞳、そして、穏やかな物腰だ。
異名からは程遠い、とても兵士には見えない男だった。
こちらは、三十歳、身の丈は、百七十八センチ程度だ。
「今夜はいい風だ」
戦場では、何でもこなすオールマイティな働きをする。
所が、ある日、負傷した
その日を境に闘うことを止め、軍医の道を選んだ。
元々、医師免許を持っていた為、軍医としても目覚ましい活躍をしている。
しかし、親友の葉慈は、「息子の
2
この二人が、戦場で出会ったのは、七月八日の零時ジャスト、ウルフが所属している軍のベースだった。
ウルフは、何となく近くの森の中を歩いていた。
不思議と眠気が無く、こういう時に限って何かが起こるのを、今まで何度も経験している。
夜中にしては月が明るく、くっきりと影が出来る程だ。
こうした時は夜襲に向かないが、それを逆手に取られる。
現在の戦況は、自軍に有利だったが、たった一度の戦闘が戦況を完全に覆してしまった例は、数多くあり、ゲリラ側に“漆黒のマリア”がいる以上、夜襲を警戒するに越したことはない筈だ。
この時、マリアは、単独で行動している。
しかし、この手の夜襲はどちらかというと人数より速さと正確さを重視しなければならないのだ。
人数の多さが正確さを欠くだろうと考えると、この行動は間違ってはいない。
サアアアア……。
「風向きが、怪しいな」
ウルフがは、暫く散歩して帰ろうとした矢先、振り向けば、ベースの方向が炎上しているのが見えた。
ウルフはすぐに夜襲を受けたことを悟ってベースへ向かう。
だが、自分の背後に人の気配を感じた。
シュッ。
何かが、空を切る音が聞こえる。
ウルフは咄嗟に
――ん?
しかし、体のどこにも痛みを感じず、何かが動く気配を感じたので、ウルフはすぐさま戦闘態勢をとった。
大きな樹を背にし、腰を落として敵の出方を待つ。
敵の方も隙を見い出せない為か、動かない。
こうなると、持久戦になりかねない。
ウルフは、早急にけりをつけなくてはならず、その焦りが隙をつくった。
その瞬間、敵がいきなり仕掛けて来た。
3
シュッ。
再び、何かが空を切る音が聞こえた。
ウルフは体勢を崩しながらも、その音の正体が目に止まる程焼き付く。
黒髪で黒い戦闘服を着た美しい女性。
武器をもっている様子も無く、左手には黒い革手袋がはめてあった。
「美しい……」
ウルフは、思わず呟いた。
そうせずにはいられなかった。
戦場に舞う漆黒の天使。
ウルフは生まれてから今まで、これ程美しい女性を見たことがなかった。
直ぐにウルフの脳裏に一つの名前が浮かんで来た。
「漆黒のマリア……。か……」
この言葉は質問ではなく確認だった。
ゲリラにいる優れた傭兵だ。
女性とは聞いていたが、これ程美しいとは思いもよらなかった。
「白銀のウルフよね……。こんばんは……。なんて言ったらいいのかしら」
マリアは微笑んだ。
その微笑みは天使のようでいて、悪魔のようでいて、見るものを魅きつける。
ウルフはその微笑みに見とれつつもゆっくり話しかけた。
「君の噂は聞き及んでいる。噂以上の仕事ぶりだね」
「お褒めにあずかり光栄ね。貴方の噂は私も聞いているわ。でも、噂ってあてにならないわね」
「どうして?」
「ここに侵入する時、貴方の側を通ったのよ。でも気付かなかったみたいね。やっぱり引退して感覚が鈍ったのかしら」
左の革手袋を右手で、ぎりりっと直した。
「気付いていたよ。とは言っても、君だとは判らなかったけれどもね」
ウルフの淡々とした口調にマリアは驚いた。
4
「……。判っていたなら、どうして阻止しなかったのよ。貴方の雇い主がやられるのを黙って見ていたってこと?」
「たった一人の人間にやられるような奴らに、雇われたつもりはない。俺は、奴らの力量を試しただけだ。もし、俺がここじゃなくあそこにいたら、君の仕事もああは行かなかっただろう?」
ウルフは挑発してみた。
マリアはどうやら負けん気が強そうだし、ウルフとしてもマリアの手の内を見てみたかった。
「成功しなかったってことかしら」
苛立たされているマリアが、ウルフには可愛くみえた。
「いや。苦労しただろうってことだよ」
厭味でもなく返すウルフに、マリアはますます落ち着かなかった。
「そうかしら……。ね」
マリアが、先に焦って来た。
こうなると闘いは厳しい。
「納得が行かないなら、試してみるかい?」
ウルフは、マリアを挑発に乗せた。
「望むところよ。任務も完了したし、貴方の化けの皮を剥がすのも面白そうね」
5
マリアの言葉と同時に二人は身構えた。
マリアは右足を踏み出し、右手を顔の下に構え、左手を胸の辺りに置いた。
ウルフはマリアの構えを鏡に映した様に左側を前に出している。
二人とも素手だ。
体のどこにも武器をつけていない。
唯一、マリアは左手に、ウルフは右手に革手袋をつけている。
ガッ。
二人は、同時に地を蹴る。
先ず、マリアがウルフの腹部に拳をふるった。
ウルフは、それを難無く右手で払い、払いつつも左手で脇腹を殴った。
流石に擦っただけではあったが、今まで何人にも触れさせたことがなかった体に触れられて、マリアはかっとなる。
「……くっ」
マリアは、今までにない屈辱感を味わっていた。
自分の攻撃は当たらないのに、相手の攻撃が当たってしまう。
それは、今までの敵には決してあり得ないことだった。
そして、マリアが焦れば焦るほどマリアの攻撃は当たらない。
ウルフの方はというと、余裕綽々という表現がぴったり来るほど難無く闘っている。
「どうした、それが“漆黒のマリア”の闘い方かい?」
ウルフは右手でマリアの左手を掴み、背負い投げのような感じで投げた。
マリアは、受け身もまともに取れず、背中が強かに打たれる。
「ぐぅ」
マリアは、背中の痛みよりも自分の脆さが悲しい。
闘いのことよりも、精神の脆さに。
今まで、数々の修羅場をくぐり抜けて来た筈の自分の存在意義は目の前の男によって無に帰されようとしている。
「負けるもんか……。ま・け・る・も・ん・か……」
マリアの目には子供が喧嘩に負けそうになってそれを覆そうとする、ある意味で純粋な欲望が宿っていた。
「負けるもんかー!」
マリアがそう叫んだ瞬間、マリアの左手から光の塊が放たれた。
グアルビアアアー。
ウルフは、それを見て一瞬驚いたが落ち着いて右手に気を集中すると光の玉を受け止めた。
ズッウッンシュウウウン。
マリアは、それっきり呆然自失と言っていい状態で、フッと倒れた。
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