番外編「勇者一行」

 約十年前、勇者一行が魔王を倒した後の事。


「兄ちゃん行っちゃやだよー!」

 七歳のイザヨイは仲間であり、師であり、そして兄のように慕っている勇者ジニュアに縋りついて泣きじゃくっていた。


「イザヨイ、私がいなくても皆がいるじゃないですか」

 ジニュアは優しい笑顔でイザヨイの髪を撫でながら言った。

「でも~!」

「イザヨイ、お兄ちゃんは帰らなくちゃいけないんだから我慢しよ」

 ミユキがイザヨイにそう言ったが、彼女も目に涙を浮かべていた。


「うー! 皆いなきゃやだよー!」

「イザヨイ、俺だって本当はジニュアにずっといて欲しいんだよ。でもな……」

 ライアスもイザヨイの頭を撫でながら言った。

「そうよイザヨイ。あたしだって寂しいのよ。勇者様、いえジニュアが帰ったら秘術の実験台がいなくなるし」

 メルはなんか物騒な事を言った。


「姉ちゃんが兄ちゃんをいじめるから帰っちゃうんだろ!」


「違いますよ。私は元の世界でやらなければならない事があるんですよ」

「え、それ何?」

「大魔導師様に聞いたのですが、私の住む世界にもいずれ魔王、いえもっと途轍もなく恐ろしいものが現れるそうです」

「ええ!?」

「そ、そうなのか!?」

 イザヨイだけでなく他の者も知らなかったようだ。


「はい、そうですよね?」

 ジニュアは大魔導師の方を見て言った。


「ああ。儂にもはっきりとは見えんが、それはジニュア殿の世界だけでなく多くの世界にとっても大きな災いとなる、と出ておる」

 大魔導師は預言者でもあった。


「わたしも神様に聞いたけど、同じ事言われたよ~」

 ミユキは既に神託を聞けるようになっていた。


「え、神様でもわからないのか?」

 ライアスが尋ねると

「うん。教えられないんじゃなくて、わからないんだって」

「そ、そんな物凄いもの相手じゃ、いくらジニュアでも」

「ええ、私一人じゃ無理でしょう。だから私は教師になります。勉強や武術や魔法、他にもいろいろと教えられるようにね」

「何でだよ? あ、もしかしてそっちにもイザヨイみたいなのがいるのか?」


「そうじゃ。向こうには神剣士タケルの嫡流がいるのじゃ。いずれジニュア殿は彼とも出会うじゃろう。その時に備えて、な」

 大魔導師がそれに答える。


「そうでしたか。ジニュア、それならそうと言え」

「はは、そうですね。言えばよかったです」


「じゃあジニュアはいずれ二人の神剣士の師匠になるのね、凄いじゃない」

 メルがそう言うと


「ええ。でも神剣士だけじゃなく多くの人達にいろいろと学んでもらい、戦いの後には各々の道を進み、世の中の為に役立つ事ができる基盤を作ってもらえたらと思ってますよ」

 ジニュアは微笑みながら言った。 


「へえ、ってそれならこっちはどうすんのよ。大魔導師様はいつポックリ逝くかわからないし」


「儂はまだまだ死なんわ! それにこちらにはヴィント王がいる。あの御方なら」

「そうですか……でも」

 ライアスが俯きがちになると


「わかっておる。今は評判が良くない。じゃがいずれは、な」

 大魔導師はライアスを慰めるように言った。


 ライアスの兄でユカの父でもあるヴィント王は魔王軍が攻めてきた時に抵抗らしい抵抗をせずに降伏した。

 その際に魔王ガルヴァスと直接交渉し、自身の首と引き替えに全国民の助命をと。

 魔王ガルヴァスはヴィント王の毅然とした姿に心打たれ、彼の命を奪わずに要求を飲んだ。

 そして魔王軍はシルフィードのみならず、世界中全ての非戦闘員には手出ししなかった。



 だがその事はこの時点ではシルフィード王家の者と勇者一行、大魔導師以外は誰も知らなかった。

 それが元で後に……。



「では名残は尽きぬじゃろが、そろそろ」

 大魔導師は転送魔法でジニュアを元の世界に送った。


「クスン、行っちゃった」

 イザヨイはまだ泣き止んでいなかった。

「いつかまた会えるよ……クスン」

 ミユキはもう我慢せずに泣いていた。


「そうよ。いつかね」

「ああ、その時はまた五人で楽しくな」

 メルとライアスがそう言った。

「うん。また」

 だが、五人が今世で揃う事は……。




 現代のとある場所


「遅れたけど結婚おめでと兄ちゃん。早速だけど究極奥義ぶつけていい?」

「おめでと~。てかお嫁さんが私より年下だなんて。イザヨイ、全力で殺って」

「ちょっとやめてください! 何で殺されなきゃいけないんですか!」

 ジニュアはイザヨイに剣を突きつけられて後ずさっていた。


「観念しろ。そして俺達とあの世で語り合おう」

「ライアス、この変態は地獄行きだから無理よ」

 ライアスとメルは冷たい目でジニュアを睨んでいた。


「てか何故死んだはずのあなた達がここにいるんですか!?」

「ここの守護神様のおかげでな、いつでも現世に来れるようになったんだよ。ミルへのご褒美だとさ」

 彼らがいる場所はミルが育った世界だった。

 この世界の守護神サオリはあの世にいる者を現世に呼び出す事ができる数少ない存在でもあった。


「だったらミルちゃんと家族水入らずで過ごしなさい……ん、ミルちゃんはたしか十歳でしたね、ふむ」

 ジニュアが考えこむと


「イザヨイ、骨も残らず消滅させてやれ。いやその前に俺が斬る」

「待って。あたしの大火炎呪文で燃やしてからにして」

 ライアスとメルは額に青筋を立てて言った。


「やめてくれよ! あたいの旦那様殺さないで!」

 一緒にくっついてきたジニュアの嫁、武闘家アミは十六歳。

 ジニュアは現在三十三歳。この世界では十五歳で成人となり結婚もできるので、いいといえばいいのだが……。

 うん、死ねロリコン。


「大丈夫よ、本気で殺ったりしないから」

「そうそう。死ぬ一歩手前でやめとくね」

 ミユキとイザヨイはアミにそう言ったが


「いや、本気でミルに手を出すかもしれんし、いっそ」

「ええ、ユカとお風呂に入ってたくらいだしねえ~」

 ミルの親であるライアスとメルは殺る気満々に見えた。


「ちょ、やめ……ギャアアアアー!」



 

 まあ、なんだかんだ言っても半殺しで終わり、ちゃんと治療した後でそれぞれのその後や思い出話に花を咲かせた。

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