第9話「家の味」

 政宗公は慣れた手つきで包丁を持ち、まな板の上でトントントントンとリズミカルに音を立て、玉ねぎ人参を切っていった。

 

 しかし政宗公が割烹着姿でカレーライス作ってるなんて、写真撮って見せたって誰も信じやしねえだろ。

 しかも眼帯、あれってたしか。

「ん? もしかしてこの眼帯が気になるのか?」

 政宗公はこっちの視線に気づいたようだ。


「あ、はい。政宗公の眼帯って実際は刀の鍔みたいなものじゃなかったって聞いてたので。でもそっちが本当だったんだなと」

「いや違うぞ。これはお前達に俺だってわかりやすいようにと思って、後世の伝承通りにして来たんだ。そもそも右目がってのも創作だ」

「お気遣いありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げた。

「いや構わんさ。しかしこれも格好いいもんだな。生きてる時にやっとけばよかったわ」

 やっぱ伊達者だこの人。


 一方姉ちゃんは、こちらも手際よく野菜を切っていってる。

 お、普段はカレー粉なのに今日はカレールーか。

 しかし姉ちゃんの割烹着姿……凄く家庭的でなんかドキドキしてきた。


「あの~隆生さん。顔真っ赤にしてどうしたんですか?」

「シューヤ、聞いちゃ駄目」

「ユカの言うとおりよ。そっとしときなさい」

「あ、ああ?」



 やがて双方のカレーライスが出来上がった。

「さて、まずは俺の方から。あ、判定は別にして他の者も食べてみてくれ。丁度昼時だしな」

 そう言われたので全員で食べることにした。 


 えーっと、おお!

「これ牛タンが入ってる!」

「仙台名物だしな、俺が生きてた当時にはなかったが」

 うん、たしか第二次大戦後なんだよな。牛タンが名物になったのは。

 それにこれ、辛さが抑え気味だ。子供でも食べやすいように気を使ってるんだな。凄え美味いよ。



 気づいたら完食していた。

 辺りを見ると皆完食して満足そうにしていた。

「どうだ、美味かったか?」

「美味しかった!」

 ミルちゃんは凄く嬉しそうだった。

「そうかそうか。そう言ってもらえて嬉しいぞ」

 政宗公も本当に嬉しそうな顔をしていた。

 

 っといかん。これ料理対決だ。

 

 では次は姉ちゃんのを。

 

 あ、これってうちの味だ。

 母さんがよく作ってくれたカレー、やっぱり辛さ抑え気味で美味い。

 でもこれ、じいちゃんはともかく他の皆はどう思うかな?

 そう思って皆を見ると……心配なかった。全員美味しそうに食べていた。

「なんだろ、知らないはずの母ちゃんが作ってくれたみたいだ」

 チャスタは少し目を潤ませていた。

 彼の母親は彼が物心つく前に亡くなったもんな。

 

 そして姉ちゃんのカレーも全員完食した。


「うーん、正直甲乙付けがたいな」

「そうか? たしかにおっちゃんのも美味かったけど、優美子さんのがもっと美味かったぞ」


「チャスタ、シューヤ。判定はミルちゃんがするんだから黙ってて」

「お姉様の言うとおりよ。さ、ミルちゃん。どっちが美味しかった?」

 ユカがミルちゃんに尋ねると

「えっとね。う~ん、こっち!」

 ミルちゃんが指さした先は……姉ちゃんの方だった。


「やった! 姉ちゃんの勝ちだよ!」

 僕は姉ちゃんに駆け寄ってその手を取った。

「ふう、下手な小細工をせずうちの味で勝負してよかった」

 姉ちゃんは安堵の表情を浮かべていた。

「うん、本当にあれ母さんの味だったよ」

「そうか。昔姉さんに教わったが、ちゃんとできてたんだな」


「はは、本当に美味いな。これなら納得できるわ」

 見ると政宗公は姉ちゃんのカレーを食べていた。そして

「ふう、ご馳走様。ではここを通っていいぞ」

 手で口を拭いながらそう言った。

「あ、はい。では」

 僕達が上の階へ行こうとすると

「あ、そうそう。元の世界に戻ったらこのカレーの作り方を紙に書いてお焚き上げしてくれないか? うちの家族にも食わせたいのでな」

 政宗公が姉ちゃんの方を見て言った。

「ええわかりました。うちの味でよければ」

 姉ちゃんは小さく笑みを浮かべて言った。

「ふふ、待ってるぞ。では武運を祈る」

 政宗公は笑顔を浮かべながら消えていった。


「政宗公って生前は家庭に恵まれなかったとも言われてるね」

「実際はどうだったか知らんがな。だがあの世では確実に仲良く暮らしてるみたいだな」

「そうみたいだね、そして家族皆で。……さ、行こうか」


 僕達はまた上の階へと登っていった。

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