第3話
外は雨が降っていた。
車の中から見た雲はとても黒かった。その色は、僕が生きてきたいかなる時間において最も無気味に暗かった。
20分ほど経っただろうか、車は“青櫛市警察署”の前で止まっていた。僕は警察官に連れられ、狭い部屋に入れられた。部屋の真ん中に縦長の机があり、パイプ椅子が2つ、机を挟んで向かい合って置かれていた。大きめの窓からは、太陽の光が残酷に僕を照らしていた。
どうやら、その部屋は事件についてのことを聴取するための部屋らしかった。
僕はパイプ椅子に座らされ、警察官から「少し待て」と言われ、一人部屋に取り残された。
しばらくして、部屋のドアが開いた。
そるとそこには、知った顔があった。
死んだ正紀の“姉”の、平田和美だった。
僕が平田家に初めて行った時、彼女に初めて会った。その時は彼女の事をよく知らなかったが、すぐ後に詳しく知ることとなった。
彼女は、“天才”だったのだ。
当時25歳で、遺伝子を操作して病気を治療する“遺伝子治療”を行うための機械である「GEMA」を開発し、ノーベル賞を受賞した。「GEMA」は従来の遺伝子治療とは大きく異なり、副作用が全くなく、新型の病気や治療不可能と言われた病気でも、“完治”することができるとされていた。
治療の方法は、患者のDNA情報を「GEMA」に入力し、機械に新しい遺伝子を作らせ、それを患者に注入する、というものだった。遺伝子を作るのはすべて「GEMA」自身で、“全自動”で行われたのだ。
その信じ難い治療方法に人々は半信半疑だったが、今現在、病気によって亡くなった人の数は死者全体の5%にも満たないほど「GEMA」が普及している。
偉大な発明をした彼女は、一躍有名人となり、マスコミに引っ張りだことなった。僕が知ったのもちょうどそのくらいの時だ。
そしてしばらくして、彼女は地元であるこの“青櫛市”でゆっくりと研究を続けると言って、マスコミの目から離れた。
そんな彼女が目の前にいる。
僕は驚きを隠せなかった。
「久しぶりね」
彼女が先に口を開いた。
「お久しぶりです」
僕はまた下を向いた。
部屋はしんと静まり返っていた。
「時間がないから、単刀直入に言うわ」
"単刀直入"という言葉を聞いて真っ先に、これから僕は怒られるんだ、と思った。正則と彼女とが姉弟としてどのくらいの仲だったのかはわからなかったが、弟が殺されて喜ぶ姉はいないだろう。きっと怒っている。そう考えると、体が固まっていくようだった。
「君は、ほんとに正紀を殺したの?」
思っていたより直入で、相変わらず体は動きそうにない。しかしもう、真実を言って納得してもらうしかないのだ。僕は正則を殺してなどいないのだから。
少したってから、口を開いた。
「俺じゃないです、俺にはできないです」
怖かったが、必死で無実を証明しようと思った。
すると、思いも寄らない言葉が帰ってきた。
「やっぱりね・・・わかった、もういいわ、ありがとう。君の無実はわたしが保証してあげる」
僕は唖然とした。
わけのわからない感情が込み上げてきて、依然として固まっている僕を尻目に、彼女は立ち上がって部屋から出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
彼女は足を止めた。
「“やっぱり”ってどういうことですか。どうして何も言ってないのに、無実だと保証してくれるんですか」
すると彼女はドアノブから手を離し、僕の方に振り返った。
「今回の事件の内容は警察から聴いたわ。わたしは君を犯人だと思っていない。君の口から無実だと言ってくれればもうそれでいいのよ。アリバイやらDNA鑑定やらあったけど、あれは...気にしちゃだめ。もう帰りなさい、タクシーは手配してあるから」
この人は何か知っている、僕はふと思った。
「...正紀を殺した犯人がわかっているんですか?」
「知らなくていいわ」
やっぱり、何か知っているんだ。
「教えてください。僕にとって大事な友人の事です。黙って見ていることはできません」
部屋に沈黙が流れた。
少しして、彼女が口を開いた。
「わかったわ。明日、ここに来なさい」
そう言って僕に名刺を渡した。
「青櫛研究所 所長
平田和美
住所 青櫛市2丁目3番地
電話番号 ○○○-○○○」
名刺を渡した彼女は、振り返ってドアを開け、部屋から出て行った。代わりに部屋に入ってきた警察官が、外に止まっているタクシーまで僕を引き連れた。
空は曇ってはいたが、雨は止んでいた。
タクシーに押し込まれ、僕は家路についた。
家に帰って名刺に書かれてある住所を調べてみると、青櫛市警察署のすぐ隣だった。
明日真実がわかるかもしれない。そう思いながら、僕は深い眠りについた。
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