第18話後日。機先を制するクラスメート
あんなことがあった翌日。
俺とアルスは、遅い朝食にありついていた。台所の時計は10時過ぎ。父さんはもう仕事に出かけていた。
「それで、アルスちゃん、服は買えたの?」
母さんがホットミルクの入ったコップを2つ、テーブルに置いてくれた。寒い朝はこれに限る。
ホットミルクはいいが、俺はその質問にどう答えようか迷った。正直、昨日のことは異常すぎて、思い出したくはない。結局服も買えなかったし。
「うん、いいのが買えたよ」
「そう、良かったわね。今度見せてね」
「はーい」
対してアルスはにっこりと、息をするように嘘を吐いた。母さんは「楽しみねー」と言って、シンク磨きに戻る。普段はおっとりしているが、家事の時などはきびきびと手を動かしている。
俺はそれを見ながら、焼いてジャムを塗った食パンを一口かじり、ホットミルクを飲んだ。とがめるようにアルスに言う。
「それにしてもアルス。昨日はなんで突然あんなこと言い出したんだ?」
昨日。アルスが蕃野をストーカーだと言った後、蕃野は慌てた様子になり、神速ともいえる速さで俺達の前から姿を消していた。俺達もなぜか、体を動かしていないのに、ぐでぐでに疲れていたので、追うこともなくそのまま家に帰った。今思えば、あのショッピングセンターで遭遇したことは精神の負担が大きかったんだろう。
蕃野はきちんと家に帰れたのか、とか、ストーカーというのは本当なのか、とか、いろいろ聞いてみたいことはあった。が、自意識過剰かもしれないが、もし蕃野が俺のストーカーだったとして、一体これからどう接していいのかわからないので、質問もできるかわからない。そもそもストーカーというのがあるとして、変な話だが、ポジティブ方面なのか、ネガティブ方面なのか。睦月の関係者だから、殺す機会をうかがっているというのもありえるわけだ。
などと、悶々と考えていると、アルスはきょとんとして言う。
「だって本当だし。睦月様が大事にしてるお兄ちゃんに悪い虫がついてるとなったら一大事でしょ。よりによってあの女」
「マジのマジなのか?証拠は?」
「証拠は――」
と、その時。家のインターフォンが鳴る。
「あら、何かしらね」
母さんがシンクを磨くのをやめ、玄関に出て行った。俺は嫌な予感がした。案の定、礼儀正しい声が聞え、その後に母さんが目を輝かせながら台所に戻って来る。
「ね、ね、春ちゃん、蕃野さんっていう綺麗な女の子が来てるんだけど、彼女? 彼女?」
「違うもん、友達、ううん、知り合いレベルだよ!」
「なぜおまえが言う…」
母さんの彼女発言に気を悪くしたのか、アルスが俺より先に答えた。ていうか母さん、覚えてないかもしれないけど、彼女は1回家に来たからね。
「そのお知り合いの蕃野さんがね、春ちゃんに用があるから、今日1日付き合ってほしいんだって。このこの!」
あ、ダメだ。母さんのこのテンションは避けられないやつだ。
「ほらほら、早く食べちゃって!かの…あ、蕃野さん、待たせたらまずいでしょ?」
ほらもう行くことが決定事項になっている。大体なぜ蕃野が俺の家を知ってるのか、考えたら負けな気がする。
「むっ、私も行く!」
アルスの方が俺より急いでパンを平らげ、ごくごくとホットミルクを飲み干す。
「ごちそうさまっ」
言い終わらないかするうちに、バタバタと二階に上がっていく。
「あらあら、お兄ちゃんをとられてさみしいのね」
くすくす笑う母さんを見て、俺はため息をついた。
昨日から思っていたが、なぜ蕃野は制服なんだ。
のっそりとドアを開けると、まず最初に目に入ったのが、この自信満々の立ち姿。相変わらず白のスカーフが眩しくて目に毒だ。
「こんにちは野々上! 今日はいい日だな!!」
「あー、そうだな。ところで蕃野。なんで俺の家知ってるんだ?」
「こんないい日には、やっぱりどこかへ出かけるに限るな!」
「聞いてないな!」
「貴様の妹も連れて、どこかに出かけないか?」
俺は目を丸くした。俺の疑問は見事にスルーされたが、蕃野がアルスを誘うとは思わなかった。たぶん、俺の頬は緩んでいただろう。俺の服をつかみながら、後ろに隠れて、蕃野をジト目で見ているアルスを見てみると。
「どーいうつもり?」
まあ、いろいろあったんだろうから、その反応は正しいと思う。すると、蕃野はこほんと一つ咳払いをした。
「将を射んとする者は…だ。一応野々上の家族である貴様にゴマをすっておいても損はあるまい」
「ふ、ふーん? それなら、行ってあげてもいいけど?」
どうしてアルスは蕃野の前だとツンデレ気味になるのだろうか。気のせいかもしれないが、これが素な気がする。
「ありがとう、蕃野。たぶんアルスは喜んでるよ」
「本人を目の前にして代弁するのはどうかと思うよお兄ちゃん」
どうやらご機嫌斜めのようだ。
「私、お母さんに出かけるって言ってくるから。ちゃんと今日中に帰ってこれるんでしょうね?」
「もちろんだ」
「そう、ならいいや」
アルスは母さんのいる台所へと走って行った。足どりが軽い。そんな後ろ姿を見ていると、こっちも嬉しくなる。
「嬉しそうだろ? お前とあいつが何の関係にあるかはわからないが。やっぱり誘ってくれてありがとう。お前、結構優しいんだな。いい奴だ」
そう言うと、なぜか蕃野はたじろいだ。
「ほ、褒めたのか、今…? 野々上が私を?」
「そうだけど」
「~~~!!」
瞬間、何か怒ったように顔を真っ赤にして、くるりと後ろを振り向く。
「す、すまん。なんか失礼なこと言ったか?」
やはり、アルスとの関係には触れてはだめだったのだろうか。俺は焦る。
「い、いや、そうじゃないんだ…よし、直った。これならいける!」
ポニーテールを揺らして、またもや俺の方に振り向く。顔はまだ赤いが、平常心は取り戻したようだ。
「ま、まあ、野々上のポイント稼ぎでもあるしな! そんなに優しさはない。これは昨日帰って考えた結果だ。もっといえば、個人的なものだ」
「個人的?」
「そう個人的…どんな形であれ…家族は、大事にしないとな」
そう言って笑った蕃野の表情は、どこか寂しそうだった。
世界の命運を握るモトカノ 逃避する人 @wdstk004
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