王昭君――紀元前の美人コンテスト

たけや屋

さらば王昭君

 美人コンテストといえば皆さん、華やかな様子を想像するでしょうね。

 しかもそれが全中国から集められた女たち――漢の皇帝の宮殿一の美女を決めるというのであるならなおさら。

 多民族国家の美女がレベル高いのは今も昔も同じ事。そんな、華やかに着飾った数百人の美女たちが、女のプライドを賭けて戦う――なんとも沸き立つイベントではありませんか。

 これは歴史上実際にあった出来事。

 前漢は元帝げんていの時代、たぶん紀元前33~32年あたりの事。


 ◆◆◆


 当時の中国北部では、匈奴族きょうどぞくという部族が猛威を振るっていました。

 この、弓を得意とした遊牧騎馬民族がどれほど恐ろしかったかは、後の世でフン族やモンゴル族がどれほどユーラシア大陸を席巻したかを見ればお解りでしょう。

 中華の諸王も始皇帝も、そして漢の皇帝も、彼らの侵略を防ぐために万里の長城を築いたのはいうまでもありません。

 途方もない数の民を強制労働させ、莫大な予算をつぎ込んででも、彼らの侵入を阻止したかったのです。


 さて、紀元前33年頃、長きにわたる戦いに決着が付き、漢と匈奴とは兄弟になるという条約を結びました。

 敵対勢力を仲間に迎えるために、政略結婚という手段が使われるのはよくある事。

 この時は、匈奴族の単于ぜんう(天の子=最高権力者)から申し出がありました。

「漢の宮女きゅうじょを嫁にほしい」と。


 しかしそこは誇り高き中華の皇帝、宮殿の美女たちを蛮族共にやるのが惜しくなりました。

 そこで、宮殿の女たちの中で、一番の不細工を嫁にやるというお触れを出しました。

 ここに、紀元前の美人コンテストが開催される運びとなったのです。


◆◆◆


 さて実際、どのようにして女たちの容姿を見比べるのでしょうか。

 審査員は皇帝その人。しかし皇帝は多忙なので、数百人の女をひとりひとり吟味している暇はないのです。

 かといって動画も写真もない時代、全員を一覧にしてつぶさに眺めるのも至難の業。

 そこで活躍したのが、絵師でした。

 多忙な皇帝に変わり、美女たちの姿を描き写し、その似顔絵を皇帝に吟味して貰おうというのです。実際、皇帝が『お手付き』にする女性たちも、このような方法で選ばれていたそうな。

 ここで全員が素直に似顔絵を描いて貰ったのならば、なんの問題もなかったのですが……。


 まあひと言で言うとワイロですよ。


 蛮族の嫁になるなんてみんな嫌だったんですよ。異民族に対する偏見なんて今も昔もそうそう変わるモンじゃありません。

 下卑た野蛮人、粗暴な侵略者――宮殿の女たちがそのように恐怖したのは想像に難くないでしょう。

 だから絵師にワイロを送ったんですよ。

「これで美人に描いて!」と。

 この時に飛び交った金額は、ひとりあたり少なくとも五万両、多くて十万両にもなったそうです。これ現在の価値にしたら幾らくらいなんでしょうかね。

 宮殿の中で贅沢三昧をしていた女たちが、その立場を失うまいと必死の思いで払ったお金です。

 今でいうセレブたちが放つ札束ビンタ、みたいな金額だったんですかね。


 そんな中、ただひとりだけ、身も心も清らかな女性がいました。

 つまり、唯一、絵師にワイロを送らなかった孤高の女。

 その名は王昭君おうしょうくん

 彼女は、ワイロなど送らなくてもきっと皇帝陛下は解ってくれる、と信じていたのでしょう。


 


 しかし世の中は厳しかったのです。

 数百枚の似顔絵を吟味した元帝は、一番不細工に描かれていた『王昭君おうしょうくん』を、匈奴族きょうどぞくの嫁になると決めたのです。

 いつの時代も、世は無常なのです。


 ◆◆◆


 さて、王晶君が匈奴族へ嫁に行く日――

 たとえ不細工とはいえ蛮族へやるのは惜しくなったのか、最後にその『王昭君』とやらに目通りしてみようと元帝は考えました。

 そしていざ彼女を目にしてみたらびっくり。


 王昭君は、今まで見たどのような美女よりも、抜きん出た美貌の持ち主でした。

 今風にいえば『超絶美少女』てところですかね。


 なんでこんな激カワ娘があんな不細工な似顔絵になるんだと、元帝は混乱しました。

 そして、絶世の美女を蛮族なんかにやるのが惜しくなりました。

 しかし、すでに匈奴族側へ『王昭君なる女を嫁にやる』と文書で通達してしまっていたのです。

 もしこの約束を破れば、中華の皇帝のメンツは丸つぶれ。

 下手をすれば、せっかく手懐けた匈奴族と、また戦争をするハメになってしまうかもしれません。

 元帝は泣く泣く王昭君を送り出しました。


 対して、見送りに来た女たちの表情はどうだったでしょう。


「ざまあみやがれ!」

「私じゃなくて良かった……」

「世の中頭を使ったモンが勝つんだよ!」

「馬鹿な王昭君……」

「ワイロをケチったばっかりに!」

 声には出さずとも、宮女たちは皆そのような顔をしていた事でしょう。

 全員、ワイロを送ったイカサマの共犯だったのですから。


 ◆◆◆


 さて、王昭君が去ってしまった後――

 何故こんなことになったのか、元帝は原因究明に乗り出しました。

 まあすぐにバレたんですけどね。

 女たちがワイロ贈ってたって。

 絵師がワイロ受け取ってたって。

 最高権力者である皇帝をコケにした奴がどうなるかは、多くを語るまでもないでしょう。


 皇帝の可愛い女たちはともかく、ワイロを受け取った絵師たちは直ちに捕らえられました。

 人物をなんとも写実的リアルに描く者。

 躍動感溢れる絵を描く者。

 色使いの巧みな者。


 どんなに絵が上手かろうと、

 皇帝から宮殿一の美女を奪った罪、

 なにより皇帝を欺いた罪は免れません。


 紀元前の美人コンテストで、ワイロを受け取り一夜にして巨万の富を築いた絵師たちは、全員処刑され、遺体は市場で晒し者にされたのですた。


 この後しばらく、漢の都・長安では絵師が不足したそうな。


 ◆◆◆


 さて蛮族である匈奴族の元へ行った王昭君。彼女はそこまで不幸な一生を送った訳では無さそうです。

 民族は違えどそれぞれの文化がある。文化的な衝突以外は、概ね幸せだったそうな。

 なにしろ、最高権力者『単于ぜんう』の正妻なのですから。

 単于も、石の都から来た類い稀なる美女を、草原の覇者として大層大事にしたそうな。


 ◆◆◆


 とまあ、いつの世でも『コンテスト』と名の付く物に不正は起こりうるものなのですよ。

 しかし、不正をそのまま見逃していたら、本来栄誉を得るべき人物が隅へ追いやられ、イカサマ野郎がほくそ笑むのです。


 だからコンテストの主催者というのは、不正に目を光らせ、イカサマは絶対に許さないという意思を示す必要があるのです。


 さもないと漢の元帝のように、中国三大美女のひとり『王昭君』という、類い稀な才能を失う事になるのですから。

 もし元帝が絵師たちに目を光らせ『ワイロを受け取った絵師は即刻処刑する』とのお触れを出していれば、彼女を失う事はなかったでしょう。


 多くの無法者によって人生をねじ曲げられた悲劇の美女――王昭君の名は今なお語り継がれています。

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