001

 「2年住んでたアパート。あそこさ、この前引越したんだよね。それが結構大変だ

ったんだよ。ほら、物が多くて、捨てようにも捨てられなくてね。だからって全部売

れるわけでもないでしょ。で、そのとき思ったんだけどね『人工物を一瞬で現金に変える魔法』とかあったら、絶対いいよねえ。部屋も片付くしお金も入るし。ほら、例えばいらない服があってもさ、その魔法をかければ服の価値の分、その服自体が現金に変身する、みたいな。」二つ年上の自称「ほぼ正社員」が、アルバイトの私にむかって目をこすりながら力説している。強く擦りすぎたか、こちらを向いた時には左目だけが歪な二重瞼になっていた。まぶたのシワ一つでここまで印象が変わるのかと驚いていると、話はあまり入ってこなかった。


 「その魔法って、建造物とかでもいいいんですか。あと生き物とか。高層ビルとか現金に変えられたらいいですねえ。何億って札束が一気に転がり込んできますよ。」

 世間話をするときの私の思考回路はほとんどショートしているか、もしくは動いてすらいない。しかし「先輩を現金に換算すれば5万円くらいでしょうかね。」と危うく言いかけたのを、私の強力な社会性が急ブレーキをかけて止めたということは言っておきたい。曰く、人間は理性的な動物なのだ。話し終わると、歪な二重瞼の上司はこちらをちらっとだけ見て、不満そうにタバコに火をつけた。私の反応が、予想を下回ったらしい。

 

 薄暗い休憩所の中心には、古い皮のソファが無造作に置かれている。その周りに、歪な二重瞼の上司と私を入れた4人で深夜のシフトは回っている。


「先輩、そう言えばこのあいだのあれ、どうなったんですか。」


「あれって。」


「中古で車買うみたいな話してませんでしたっけ。バンみたいなやつ。」

 背の高い男はトキワと呼ばれている。何でも彼は、中古車ディーラーの友人からバンを買ったらしい。


「あれ、じゃああの黒い軽四はどうするんですか。」私はトキワの車でよくバイト先まで連れていってもらっていた。


「廃車だよ。車内の匂いもひどくてね。」


「匂いくらいだったら俺平気ですよ、売ってくれれば全然買ったのに。」


 そういう彼が一緒に働き始めたのは、私が仕事を始めてちょうど半年くらい後だった。視力が相当悪いらしく、かなり度数の強い眼鏡をかけている。十代の半分を少年院で過ごしたということも、彼自身から聞いていた。マキノ。本名は柴田だということ、後から履歴書を見た時に知った。しかし私たちは彼をマキノと呼んでいる。


「できた。完成。」


トキワがそう切り出すと、私たちは一斉に部屋の中心に集まった。

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