コンセプト

@1121421

プロローグ

 自動販売機のボタンが雨に濡れてヌルっとしている。

 

 不必要に大きな音を立てながら出てきた缶コーヒーを取り出して顔を上げると「売切れ」の赤い表示が弱々しく光っていた。この販売機で購入できる暖かいコーヒーはどうやらこの一種類だけのようで、その冬場での圧倒的な売上ポテンシャルが、黒く輝くパッケージの彼を自販機内需要ナンバーワンのスターダムにのし上げているらしい。

 「防犯カメラ作動中」の張り紙が大きく、機械の左右には貼り付けられている。この場所に設置された自動販売機はこれで三台目で、過去に数回盗難被害にあったという話を隣人から聞いたことを思い出した。小銭が少々入った程度の鉄の塊を無邪気に運んでは売っぱらってしまおうという単純明快さとその実行力は、もはや清々しさすら感じさせる。私は三度盗まれたという販売機の前で、大胆不敵な犯行とそのコストパフォーマンスについて兵馬俑のようにじっと考えていた。

 雨脚はどんどん強くなっていく。飲みかけのコーヒーをこぼさないよう、小走りでアパートの軒下へと向かう。足元では、熱で波打ったアスファルトの凹凸にできた水たまりが、薄暗い冬の空を切り取って水面に映していた

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