第一幕 されど、姫君は剣をかざす⑤

 そんなわけで星女王の勅命を受けた翌日から、リュカリスは本腰を入れることにした。

〈星騎士〉の仕事を少し減らしてもらい、空いた時間に帝国のことを調べたり、嫁入り準備を進めたりしていると、日々は飛ぶようにすぎていく。

 その合間に異父兄弟たちが訪れては、帝国の情報を教えてくれることもあった。


「リリスちゃん、知ってるかしらぁ? 帝国の皇太子って、すっごぉく性格が悪いんですってよぉ! これは嫁いびり確定ね! やっぱり結婚はやめるべきじゃないかしらぁ!」

 リュカリスの私室に訪れたキーリが、仕入れた情報を嬉々として披露する。

 突如として現れての開口一番のセリフに驚くも、「へえ……」とまばたきをしてから問いかける。

「どんな感じで性格が悪いの?」

「科学者としては天才らしいけどぉ、それに鼻をかけて傲慢でぇ、そのくせ怠惰でぇ、基本的に寝るか食べるか毒舌を吐くか、他人と関わり合おうとしないんですってぇ」

「つまりいざって時はやる人なんだね! 能ある鷹は爪を隠すってことかぁ」

「ねえ、リリスちゃん。総括が大雑把すぎないかしらぁ……性悪なのはいいの……?」

「ん? 寝るか食べるか毒舌を吐くか、って無害だから別によくない?」

「む、無害……? 毒舌って無害なのぉ……?」

「私たちのご先祖様の中には、十二の首級を捧げて求婚した人とかいなかったっけ? あとやきもちを焼いて浮気相手の家を焼き払ったり。母上もわりと過激なところがあるし。だから毒舌くらい大丈夫だよ」

 リュカリスの父親を王配に迎えるため、反対していた大臣たちに決闘を挑んで叩きのめし、問答無用で頷かせた逸話は、国内ではあまりにも有名だった。

 母は七人の王配を持っているが、それが唯一の恋愛結婚だという話である。

(そういえば、父上とはここ一年会った記憶がないな……輿入れ前に挨拶したいけど)

 父は温厚で、闘争とは無縁な人だ。考古学者ということもあり普段は王宮にいない。

 だから大臣にも結婚を反対されたわけだが、公の場に伴われる王配は一貫して父だけだ。

 そんな感じで実例を挙げれば、異父兄の顔色が悪くなりはじめる。

「私の父上だって興味のあること以外には生活力が乏しいから些細なことだね!」

「すごい! リリスちゃんのハードルがすごく低い! お兄ちゃんびっくり!」

「キーリ兄上、私のために帝国について調べてくれてありがとう。参考になったよ」

「え! 確かにリリスちゃんのためだけどぉ、そんな光属性全開な笑顔はやめてぇ……」

 異父兄はそうこぼすと、恥じらう面をキトンのドレープで隠した。

 実に女子力の高い仕草である。転生したとしても、リュカリスには真似できそうにない。

「ただ……皇太子って、すごく頭がいいってことだよね?」

 すると、キーリはドレープで覆っていた顔を上げて、輝く目を向けてきた。

「そう、そうよぉ! おつむはとーってもいいらしいわよぉ! つまり、リリスちゃんとはお話が合いそうにないわねぇ。はぁ、これは結婚すべきではないわぁ!」

「そっかぁ」

「やめるなら今のうちよぉ? 星女様はあたくしが説得してあげるから!」

 だんだんと前のめりになって迫ってくる異父兄を押しとどめてから少し考える。

「確かに私は頭を使うのが苦手だから、皇太子に呆れられそうだよね」

「そこ、そこぉ! その調子よぉ! もっと掘り下げていってみよう!」

「でも頭を使わない会話もできるかもしれないし、今からもしもを心配したって仕方ないよね! キーリ兄上のおかげで心構えができたよ! 持つべきものは優しい兄だね!」

「だからその純度しかない笑顔はやめてぇっ!」

 異父兄が「目が、目がぁ!」と真っ赤になった顔面を押さえて暴れだす。

 ……大丈夫かな? いろんな部分を心配していたら、今日は双子の弟妹も現れた。

 薄く開いた扉からひょっこりと出した顔が縦に並び、不機嫌な顔つきだ。

「……キーリ役立たず」

「キーリ使えない」

「キーリのへちゃむくれ」

 輪唱しはじめたシモンとテオドラに、キーリの動きもぴたりと止まる。

「だーれーが、へちゃむくれだってぇ?」

「キーリしかいない」

「キーリのあんぽんたん」

「う、うふふ、なんてクソかわいくないクソお子様どもかしらぁ。教育的指導をしてあげたいわぁ」

 異父兄は笑顔だが、こめかみが痙攣して見えるのは気のせいだろうか。

 リュカリスが三人の様子を窺っていると、双子は目配せし合ってくすくすと笑う。

「別にキーリにかわいがられたくない」

「キーリは変態だからかわいくなくていい」

「性癖が特殊だから恋人もできない変態」

「かわいそうかわいそう」

「脳内ゆるふわ双子が言うな! お前らも人のこと言えた性癖じゃねぇだろ!」

 ……せいへき、とは?

 難しい顔になったリュカリスに気づいたのか、三人が慌てふためきだした。

「リリス姉様……これは、精神的な話……」

「あー! そ、そう……せ、精が出る……へき、へき……」

「霹靂、の略語」

「精が出る霹靂の略語っておかしいだろうが……! さすがのリリスも─」

「なぁんだ。雷が鳴るとやる気が出るって話をしていたんだ! びっくりしたよ!」

「このクソ双子と並べることでより輝く光属性……これを嫁がせることは罪では……」

 何事かを葛藤するキーリのことは置いておき、リュカリスは双子を手招いた。

「それで、二人は私になにか用事があったのかな?」

「……リリス姉様に、プレゼンしようと思った」

「プレゼン?」

「そう、ヴィッセン帝国残酷物語……そよ風の香りを添えて」

 そよ風の香りって添えられるのか。後半のインパクトが強すぎて前半が吹っ飛ぶ。

「むかしむかしあるところに、残虐な皇帝がいました」

「残虐な皇帝は目に見えないものはもちろん、見えるものすら信じない人でした」

「だから星の王国に住まう者を捕まえては実験にかけたのです」

「それが……暇をもてあました」

「狂科学者たちの」

「遊び。おしまい」

「お、おお」

 おとぎ話風に語るのに飽きたのか、気になるところで雑な省略をされたリュカリスは戸惑いを隠せない。そよ風の香りも結局出てこなかった。

「えーっと、つまり……シモンたちも帝国の情報を新しく仕入れたから、私にまた教えてくれようとしたのかな?」

「まとめればそういうこと」

「リリス姉様は節穴キーリとはやっぱり違う」

「あたくしを節穴だなんてぇ、そんなことを言うのはクソお子様たちくらいよぉ~?」

 キーリがにっこにこしながら、双子の間に割って入って肩を組みはじめた。

 シモンとテオドラは迷惑そうな目つきで、若干体を反らしている。

「だって、ぼくたちの見分けもつかない」

「はぁん? あなたたちの場合、どっちが弟でも妹でも同じことでしょ~? 似たようなものよぉ!」

「リリス姉様は見ればわかるって言う」

「リリスちゃんのはぁ、野生の勘だから次元が違うのよねぇ」

 いや、目の形を見ればわからないかな? とリュカリスは思ったが、なんとなく言ってはいけない雰囲気を感じ取ったので黙っておくことにした。

 珍しく空気を読んでいたら、双子が腰元に抱きついてくる。

「リリス姉様……帝国に行ったら実験動物にされちゃうよ」

「能力者は解剖されちゃうよ」

「私は能力者じゃないよ?」

 無能力者だから皇太子の婚約者に抜擢されたのに、能力者だったら問題である。

 リュカリスの訂正に、弟妹は一瞬言葉に詰まりながらも続けた。

「……星王国人ってだけで十把一絡げにする帝国人には関係ないこと」

「ぼくたち以外は能力者じゃないのに、星王国人を化け物って呼ぶ」

「……あぁ! そうねぇ、無能力者だからって拒絶反応が少ないなんて怪しい言い分だわぁ。あちらさんの過激派は思いこみが激しくて見分けがつかないわよねぇ」

 異父兄もしたり顔で頷いている。

 確かに、能力者かどうかの見分けはつきづらいかもしれない。特殊な力を宿しているのは王族だけ、というのは全国民の常識であるが、外の人間には与り知らないことだ。

「そっかぁ、疑われることもありえるんだね」

「ね、こわいわよねぇ~? そろそろ輿入れをやめる気になったかしらぁ?」

「どうしてやめるの?」

 リュカリスはきょとん顔で聞いてから、呆気に取られた様子の兄弟たちに笑顔で返す。

「実験動物にされそうになったら、実験器具をぶっ壊せばすむことだよね」

「えっ」

「キーリ兄上たちだって、そんな状況になったらまずは部屋を壊すだろう?」

「もちろん再起不能なまでに全壊させるわよぉ! 人間諸共! …………あ」

「でしょ! 大抵は拳ひとつあれば解決できるから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ! だって私は、これでも〈星騎士〉の一員だからね!」

 えへん! と胸を張ってみせた。

 すると、キーリが頭を抱えはじめる。その様子に、双子が蔑む眼差しを注いでいた。

「……キーリのおばか」

「掘った墓穴に埋まるのはおまえ」

「……ゆるふわ双子は黙ってくれねぇか……」

「それに十七歳にもなった私に、キーリ兄上はちょっと過保護すぎるよ。シモンたちを心配するならまだわかるけど」

「やめてぇ! リリスちゃんまで無邪気な笑顔でとどめを刺さないでぇ!」

「兄でも敵は一撃必殺……虫の息さえ許さない……」

 双子は互いに抱きつき、小鹿のように震えている。

 リュカリスはその反応に若干の不可解さを抱いたが、兄弟たちがわりと協力的でホッとした。

(婚約者殿には、少しでもいい印象を持って帰ってもらいたいしね)

 今まで仮想敵国だったのだから、すぐに好印象を持ってもらうのは難しいだろう。

 でもそこをなんとかして、未来の国民のためになる礎を築く。たとえ政略結婚だろうと、アルビレオ星王国が永世中立国を貫く以上、同盟関係にはなりえない。

 星王国は自国の問題に首をつっこませないし、帝国でなにがあろうと国として支援することはない以上、それが縁談の目的だとリュカリスは解釈していた。

(ヴィッセン帝国の皇太子はいったいどんな人だろう)

 もちろんどんな人間だって構わないし、誰だろうと否があるわけもない。

 話が合わなかったとしても、人間なのだから相性があるのは当然だ。それでも。

(私でも、理解できる人だといいな)

 リュカリスはまだ見ぬ婚約者に思いを馳せながら、兄弟の賑やかな会話に耳をかたむけたのだった。

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