第一幕 されど、姫君は剣をかざす②

 細かい事情を聞く前に大声で宣誓したリュカリスに、宰相が慌てふためく。  

「リュ、リュカリス殿? 帝国に嫁ぐんですよ? ちゃんと理解しておられますか?」

「カリオス殿、心配は無用です。いざという時は、拳で語り合えばわかり合えます!」

「ああっさすがわらわの愛娘! 拳こそ正義! 小蝿などひれ伏せさせるのじゃ!」

「アッハイ、サヨウデゴザイマスネ」

 和平とは……? という宰相の疑問をそっちのけで、脳筋母子は盛り上がった。

 玉座から立ち上がったメーデアは跪くリュカリスを抱きしめると、耳元で囁く。

「我が国の中立の理念は変わらぬ。この婚姻は同盟になりえず、苦難はつきものじゃ」

「承知しています」

「わらわの愛い子よ。いずこにおろうと、この母はそなたの力になるからな」

 すりすりと頬ずりしてくる母に、リュカリスはにっこりと微笑む。

「お任せください陛下! このリュカリス、必ずや民の力になってみせます!」


 そんなわけで、ヴィッセン帝国皇太子との婚約を了承したリュカリスは詳細を聞くことにした。順序が逆なのはリュカリスにとって些細なことである。

 宰相は激しく胃を痛めている様子だったが、大雑把な母の代わりに説明する。

「……陛下が会談のため、王都を留守にしていらしたのはご存知ですよね」

「もちろん。年に一度の、近隣諸国の王の会合ですよね? 確か今年は我が国の聖地で開催だったような……?」

 それで母が不在だと思っていたころに急使だったので、母になにかあったのではと、余計に慌ててしまったのだ。謁見室に入ってすぐ勘違いだと気づいたが、うろ覚えな情報を口にすると頷かれる。

「はい。その会合のあと、ヴィッセン皇帝陛下からこたびの婚姻の打診をされたのです」

「なるほど。打診するからには、皇帝陛下は現状をどうにかしたいんですよね」

「そのようですね。……我が国を排除しようと動く過激派は根強いようですが、帝国側から戦を仕掛けなければ平和は保たれるという珍しい意識をお持ちの方です。それでリュカリス殿――無能力者の第二王女の噂を、ヴィッセン皇帝陛下も耳にしたようで」

 無能力者、の部分で少し申し訳なさそうな顔をする宰相に苦笑する。

「カリオス殿。そんなに気を遣わなくても、昔の私と違って泣きだしたりしませんよ」

「いやはや、面目ない。……星王国人も自分たちと変わらない普通の人間だとわかれば、帝国人から差別意識がなくなり、そして長い目で見れば戦の火種も潰せるのではと期待しての打診とのことです。真の先進国と名乗るのはそれからだと申し上げられていました」

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず……兵法の一つですね! わかります!」

「当たらずとも遠からずといったところさなぁ。わらわの愛娘は愛いかろう、おばかで」

 ご機嫌な星女王から、宰相は目を逸らす。

『ばか』に同意するのは憚られたのだろうか? リュカリスは首をかしげた。

「えー、それで……リュカリス殿にとって肝心なのはここからかと」

「単騎で嫁げばいいんですよね? 単騎出撃ならお任せください、いつがいいですか?」

「…………リュカリス殿……婚姻は、婚姻は戦場ではありませんよ……」

「似たようなものよ。単身乗りこむのじゃからなぁ」

「アッいたたた……痛い……胃が……胃が……へ、陛下、しばし御前を失礼します……」

 すべてを戦に繋げていく脳筋王族に、宰相は胃薬を求めてとうとう旅立ってしまった。

 よろよろと謁見室を出て行く背に、母子は顔を見合わせる。

「カリオス殿は大丈夫でしょうか……最近、額も後退してきて心配ですね」

「あー、よいよい。カリオスの毛根事情は些事よ。……さて、そこで本題じゃ」

「今までのは前置きだったんですか?」

「そなたが帝国に輿入れする前に、皇太子も遊学の体で我が王宮に滞在することと相成った。手続きがすみ次第、じきに参るじゃろう。もてなす心構えをしておくがよいぞえ」

 リュカリスは目をぱちくりさせる。この口ぶり、会談の際にすべて決めてきたようだ。

(ああ、だから『嫁げ!』って命令形だったわけかな)

 基本的に、王族に自由恋愛などない。その最たる例が、目の前の星女王だ。

 力を強く保ち、より優れた子孫を残すため、様々な立場の王配を七人も迎えることになったメーデアを思えば、別に否はないのでそのまま立ち上がる。

「承知しました! 婚約者殿が滞在期間中、私の全霊をもって護衛いたします!」

「これこれ、護衛一辺倒ではならぬぞ。皇太子と少しでも親睦を深めよ」

「御意!」

 リュカリスはあらためて一礼してから、善は急げと謁見室をあとにした。

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