第一幕 されど、姫君は剣をかざす①
1.
「リュカリスや。ちょいと隣国に嫁いできやれ」
その日、謁見室にて母――アルビレオ星王国、星女王メーデアがお遣いを頼むような気軽さで命じてきた。
寝椅子を思わせる深紅の玉座に寝そべるメーデアは、四十代半ばには見えないほど若々しい。これで二十五から十五歳までの子供が八人もいるだなんて誰も思うまい。
思わず思考を飛んでしまったが、その五番目の子供――第二王女リュカリス・ディオ・アルビレオは片膝をついたままぽかんと見上げる。
王都を警邏していたところ急使があり戦装束で馳せ参じたというのに、想定外の発言だ。
「――――――は?」
「リュカリス、嫁になるのじゃ!」
「……陛下、陛下。リュカリス殿にその説明だけでは酷かと……」
メーデアのかたわらに控えていた宰相カリオスが耳打ちしている。
「む? さようか? じゃが、嫁げとしか言いようがなかろう?」
「リュカリス殿。陛下は貴台に、ヴィッセン帝国皇太子との婚礼を望まれています」
母のきょとん顔で、まともな補足を期待できないと悟った宰相は賢明だ。
(母上も肉体言語派だからね、仕方ないね)
そもそも家系的に脳みそ筋肉族が多いせいか、難しい説明を省く傾向が強い。
例に洩れず脳筋族の一人であるリュカリスではあるが、宰相の説明はわかりやすかった。だからこそ理解できずにいる。……ヴィッセン帝国?
「母上――えっと、陛下。カリオス殿は胃痛持ちなんですから、さすがにこの独断はいけませんよ。先方の了承も得てからでないと……」
「じゃから、嫁になれと言うておるのじゃ。そなたの武勇があれば、ゆくゆく皇妃となろうと上手くやれるえ」
「陛下はこう申しておられます。すでにヴィッセン皇帝陛下からの承諾は得ていると」
慈愛深い笑みを向けてくる母のそばで、宰相が胃を押さえながら翻訳してくれた。
(ヴィッセン皇帝が承諾……? 建国以来戦が絶えず、ここ百年は冷戦状態なのに?)
『天の宝石』の名を冠した小国、このアルビレオ星王国は永世中立国だ。
永世中立国ではあるが、戦闘民族国家でもある。
矛盾しているかもしれないが、自国を守るために武力が強い。かといって、自分たちから他国を攻めることはない。
大昔は豊かな富を狙っていた各国も、やがて支配ではなく共生という選択を取るようになった中、唯一諦めず、時折思い出したように戦を仕掛けてくる国があった。
それが星王国を取り囲む四大大国の一国――ヴィッセン帝国である。
智者を尊び、科学を讃美するヴィッセン帝国はどこよりも発展しているのに、科学で実証できない事象を忌み嫌っていた。
星王国ではいわゆる『非科学的な現象』が数多く起こり、中でも王族は特殊な力を用いて戦う。つまり――ヴィッセン帝国が忌み嫌う要素しかない国ということだ。
(帝国人だからイヤなんてことはないけどさ)
相手が星王国の人間を差別しようと、同じように毛嫌いする必要はない。
偏見はないが、それでもどういう風の吹き回しかと訝しむのは致し方ないだろう。
「急にどうしたのですか? 本当だとしても剣技しか取り柄のない無能な私より、適役はいると思いますが……」
「そうよのう、そなたは無能よ」
迷いなく肯定されたが、今さら胸は痛まない。そして母は厳格な星女王の顔で続ける。
「わらわとしては戦いは好ましいがな、民草のためを思えば一概にもそうとは言えぬ。……当代の皇帝は穏健派、それも歩み寄りを考えられる理知的な人物じゃ」
「……ヴィッセン帝国では歴代初と申し上げるべきでしょうな」
「わずかでも民草の憂いをなくすことこそ、王たる務め。その架け橋に婚姻を結ぶとなれば、そなたがふさわしい。無能がゆえに、帝国人の拒絶反応も少しは減るじゃろうて」
「無能が、ゆえに――」
思いもよらない観点に、リュカリスは目を瞠った。
星王国の王位の選定は特殊で、生まれだけで王位継承順位は決まらない。
王族のみが扱える力の強さこそすべてで、王位が定まるまで毎年決闘を行ない、結果いかんで王位継承順位は毎年変わる。
リュカリスは無能だ。星女王の娘なのに持つべき能力を宿していなかった。だから決闘に名乗りを上げる資格を持たず、王位継承権第七位という地位は揺るぎない。
(これは、そんな私だからこそできること……)
胸の高鳴りに、頬が紅潮していくのがわかる。
不完全な『王女』が国民の力になるには『騎士』の道しかないと邁進した結果、リュカリスは最上位の騎士に贈られる〈星騎士〉の称号を賜れるまでになった。
リュカリスは左胸に拳を添える。
今も胸元にきらめく〈星騎士〉の徽章は誇りだ。騎士である自分に満足していても『王女』として役立つことは諦めていた分、感情の昂ぶりを隠せない。
「わかりました――――私、結婚します!」
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