第21章 再会は突然に

年中雪が降りしきるシェレグ国首都リベルター、その最北端に位置する下町の第一区では今日もまたグリムによる騒動が生じていた。だがグリムを狩っているのは狩人ではない。

 

紋章も隊服も持たない、一見一般人にしか見えない彼ら個人は処刑人と呼ばれ、非公式のグリム討伐組織に属する者たち。


彼らの目的はファング同様グリムを討伐することにあるが、残虐的殺しをする者が多く属すことから人々からは嫌煙されている。だが彼らの実力は鍛えられた狩人と大差なく、グリムを討伐する上で有力な戦力になることも事実。


ファングとの接触は一切ないが、ファングも一般人も国も、重要戦力として彼らの存在を認めるしかないのだ。

 

処刑人組織は全世界に存在し、組織単体は小規模なものが多く、組織の名前も様々だ。いずれも属しているのは一般人、中には家庭を持つ者もいる。国からの支援などは一切ないため、彼らは処刑人の顔の他に各々の装備資金は通常労働にて稼いでいた。

 

物陰から野次馬が見守る中、二体のグリムを討伐し終えた五人の処刑人。頭部と四肢切断、内臓と脳ミソを撒き散らすという討伐法に、野次馬は嫌悪感を隠せないでいた。

 

周囲の非難の視線を浴びながら、処刑人は二手に分かれる。先に去って行った二人の背中を見送り、彼らと逆方向へ歩き出す三人組は第一区を拠点とする処刑人組織〈鷹〉の新参者。


つい十日ほど前にファングから自ら脱退したルイ、デューク、スズネだ。彼らが脱退に至ったのには正当な理由がある。

 

第17区でのリョウガの行動だ。彼はリオネールと共に行くという選択を取ったアサトを止めるために、彼女と親交があったスズネを人質に取った。アサトの行動次第では本気でスズネを殺す意思を見せていた。


アサトを敵に回したら厄介だということはルイもデュークも理解していた。だからリョウガの行動は仕方のないことだった。


人質が友人でもないただの狩人なら彼らはリョウガの行動に従い目を瞑ったのだが、現実ではそれが友人であるスズネだった。こればかりは目を瞑ることが皆無だった。

 

ファングは時として仲間でさえも利用し犠牲にする。ルイらだってそういう状況を全く目にしてこなかったわけではない。友人じゃなければ仕方ないと思える犠牲なのだ。

 

ファングにいれば友人が犠牲になる可能性が大いにあると身を持って体験した彼らは、ファングを脱退するに至ったのだ。

 

脱退直後は、とりあえずは住む場所の確保を考えていただけで、まさか処刑人になるとは当人らにとっても予期せぬ展開だった。


偶然処刑人とグリムの戦闘に居合わせ、グリムを残虐的討伐をしても仲間を大切にする方針を持つ彼らの優しさを知り、彼らと共にもう一度戦いたいと思ったのがきっかけだ。

 

住む場所も小さなシェアハウスに決まり、三人で住み始め、狩人として得た報酬を切り崩し、現在は就職活動に奮闘している。施設の整ったファングとは違い、食事も洗濯も自分らでやらなければならない分大変ではあるが、初めて経験することが楽しくも感じられていた。

 

今日はこの後仕事を提供しているギルドに寄る予定だったのだが、通り道である小ぢんまりとした花屋の前でルイの足が完全に停止した。愕然と店内を凝視するルイを不思議に思いつつ、デュークとスズネも店内を見やり――やはり愕然とした。

 

「いらっしゃいませー。どのような花をお求めですかー?」

 

なぜなら、ハツラツとした顔でピンクのエプロンを身に付け陽気に話し掛けてきた店員がリオネールだったからだ。

 

「なっ、なっ、なんであんたがここにいんだよっ!?」

 

動揺と困惑を隠しきれないルイがリオネールを指差すと、差された当人はわざとらしく苦笑して見せた。

 

「あれー? 君たちは確か狩人の……

なんでって僕、ここで働いてるから」


「はあっ!? 働くって……あんたグリムじゃん!!」


「グリムだから働いちゃダメって法律あったっけ?」


「いやいやいや、そもそもグリムって働きたいとか思うわけ!?

あんたとかセンジュは他のグリムより特別かもしんねぇけどさぁ!

ってか、アサトはどこだよ!?」


「もー、質問が多いなぁ」

 

面倒くさいなぁとリオネールが肩を竦めると、店の奥から年配の女性が顔を出した。

 

「あらあらあら、騒がしいと思ったら可愛いお客さんだこと。リオちゃんのお友達?」


「ええ? まさかー、グリムの僕に友達なんているわけないじゃない」


「そうだったわねー、あんまり楽しそうだったからつい。ごめんなさいね」

 

ほんわかした空気の中笑い合う二人を呆然と眺めるルイらが若干の疎外感を覚えていると、年配の女性が彼らに笑いかけた。

 

「私はカミラ。この花屋を経営してるのよ。主人が小さな病院を経営しててね、グリムオタクで独自の研究をしてるんだけど、何年か前に偶然リオちゃんと出会って打ち解けちゃってね。こうして時々うちの店を手伝ってくれるから助かってるの。

リオちゃんってイケメンでしょ? お陰で女の子のお客さんが増えちゃって。

あ、もちろん私と主人は彼がグリムだって知ってるわよ。でも彼は人間を襲うそこら辺のグリムとは違うから全然怖くないの」


「カミラさん、しゃべり過ぎ。みんな呆然としちゃってるよ」


「あらあら、私ったらいっつもしゃべり過ぎちゃうのよ。ごめんなさいね」

 

このままでは延々と話続けると悟ったリオネールがカミラを止める。リオネールの知人ということで、半ば強引にルイらはお茶を出すからとカミラに薦められ、店の奥の自宅にお邪魔することになったのだった。

 


畳張りの居間に通され、ルイら、そしてリオネールとカミラでこたつを囲む。こたつの上には淹れたてのお茶が入った湯呑みが人数分乗っている。


お茶を啜るリオネールの左腕は第17区で失ったはずなのだが、今は健全でピンピンしていた。


グリムとこたつを囲むという予期せぬ展開にルイらは困惑しながらも、カミラの質問責めにも適当に対応していた。

 

「へぇ、君たちは狩人を辞めて処刑人になったんだ。せっかく辞めたんだからグリムと戦うことも辞めたらよかったのに。そんなに戦うことが好きなわけ?」


「別に戦いが好きなわけじゃねぇよ」

 

リオネールの言葉を即座に否定したルイは湯呑みを片手に、お茶に映る自身の神妙な顔を見下ろしていた。

 

「あんたの言う通り、戦いから離れて普通に働いて暮らしてくことも出来たと思う。けどさ、俺らはグリムに家族や友達を殺されて憎んでる。だから狩人になってグリムを滅ぼしてやろうって思ったんだ。

狩人を辞めたからって憎しみは払拭できねぇけど、戦う一番の理由は大切な奴らを守りてぇから。弱かった頃はただグリムに脅えて、目の前で家族や友達が殺されるのを黙って見てることしか出来なかったからさ。もうそんな思いはしたくねぇ」


「んー、動機は分かったけどさ、君たちの行動は一部矛盾してるよね。君たちの大切な人ってお互いのことを言ってるんでしょ? お互いを守るために戦場に飛び出して行くんだから危険度は倍増、死ぬ可能性も格段に高くなる。お互いを一番だと思うならそんな危険な生き方は避けるべきなんじゃないかなぁ?」


「……自由になりたいから」

 

不意に落とされたスズネの呟きにリオネールが首を傾げると、何か思い詰めたような彼女は下唇を軽く噛み締めていた。

 

「グリムに脅えて、この広い世界で縮こまって生きていくなんて息苦しいもの。世界にはあたしたちの予想を遥かに越えた素敵なものがたくさんあると思う。それを見たいから、危険だって分かってても戦うの。だって夢なんだもん」


「復讐に慈愛に夢か。混沌として複雑で面倒くさいね君たち。まぁ君たちの人生だし、死んでも僕には関係ないから好きにするといいよ」

 

興味を無くしたリオネールがお茶を啜るのを尻目に、ルイらは彼が言ったように複雑な感情に苛まれていた。

 

彼らが生まれた時からグリムはこの世界に存在し、脅えて生きてきた。故に彼らはリベルターの外の世界を見たことが一度もない。


幼い頃読んだ世界を紹介する本は狭い世界で生きる彼らにとってとても魅力なものだった。だから知りたいと思ったのだ。


果てしない広さを誇る砂漠の暑さも、世界のほとんどの面積を誇る海の青さも塩辛さも。きっと美しく、時に残酷な世界を見てみたいと思わないほうが無理な話だったのだ。


いつしか抱いた彼らの壮大な夢を実現するためにはグリムの存在は邪魔でしかない。

 

憎悪や夢といった統一性のない感情は互いに喧嘩し合い、時に彼ら自身をも困惑させるが仕方のないことだと割り切るしかなかった。どの感情も払拭することが出来ないのだから。

 

彼らの話を聞き感銘を受けたカミラが微かに涙ぐんでいる様が窺えるが、彼らは敢えて気付かないふりをする。指摘したら面倒なことになり兼ねないと踏んでの判断だ。

 

渋いお茶を啜りながら、ふとデュークが思い出したように開口する。

 

「そういや、アサトはどこだ? お前と一緒だったんじゃないのか?」


「ああ、彼女ならダミアン君の……ここのご主人の病院にいるよ」


「え!? アサトの怪我そんなにひどいの!?」

 

過剰なまでに反応したスズネが身を乗り出して問う。彼女の脳裏に第17区での出来事が思い起こされる。


アサトは倒壊した建物や爆弾を防ぐために自身を傷付け結晶を張った。当時の傷が重傷だったのかと懸念するスズネを前に、リオネールは肩を竦めて否定する。

 

「違うよ。だだの輸血。君たちも知ってると思うけど、彼女や僕は人間の血液を体内に取り入れることで一時的に君たちのように体温を得ることが出来る。僕は一度取り入れたら二週間はもつけど、彼女は一週間程度だからね。そろそろ輸血しとかないと感知器に引っ掛かったら面倒でしょ」

 

リオネールの話を聞き、スズネは心から安堵の息を吐き、脱力したようにこたつに突っ伏した。ルイもデュークもどこか安堵したような顔にリオネールが疑念を抱く。

 

「アサトは君たちを裏切って僕を選んだようなものでしょ? なのに彼女を嫌いにならないの?」


「嫌いになんてならないよ。だって友達だもん」

 

スズネの返答にリオネールが驚いたように目を見張る。てっきりアサトのことが嫌いになってしまったのかと思っていたからだ。

 

「あなたを選んだ時はショックだったよ。あたしがあの場で殺されても行っちゃうんだって思ったから。

でもアサトが自分で選んだことだから、後悔しないならそれでいい。ちゃんと理由もあると思う」

 

でも、と前置きをしたスズネが伏せていた顔を上げると、真摯な眼差しをリオネールに向けた。

 

「不安もあるよ。あなたはアサトを大切に想ってるのかもしれないけど、あたしたちはあなたが〈特別な三人〉であること以外ほとんど知らない。

あなたは何者? どうしてアサトに付きまとうの?」

 

それはスズネだけではなく、ルイもデュークもずっと抱えてきた疑問だった。不本意ながらもこうしてリオネールと話をする機会が設けられた今、彼らにとって積もり積もった疑問をぶつけるチャンスでもあったのだ。

 

彼らの視線を浴び、リオネールは観念したように溜め息を吐いた。話すまでしつこいくらい質問責めにされるのだろうと悟ったのだ。それは勘弁願いたいと彼は苦笑する。

 

「いいよ、教えてあげる。僕がアサトを求める理由。

でも条件がある」

 

スズネらが無理難題を突き付けられるのではないかと身構えると、リオネールはその懸念を打ち消すように柔らかく笑った。

 

「君たち三人、僕のグリムになって?」

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