第18章 遊びと本気
第17区にて、センジュとリオネールによる戦闘が勃発したとの報告を受けたアサトらは、遊園地がある第13区から直行するためにネオン輝く街中を駆けていた。
彼らの中で突出した速度で駆けるのはアサトだ。器用に人混みを回避し駆けて行く彼女の背中を、ルイらは必死に追う。
ルイは何度彼女に待てと叫んだことか、眼前のことしか見えていない彼女にその叫びは届かない。ルイには叫ぶ度に彼女との距離が広がっていく気がしていた。
遠退く背中を見つめるキースには、彼女が無心に駆ける理由が漠然と分かっていた。彼女の心を初めて乱した二人のグリムの存在が大きく関係していると。
綿雪が月光に煌めく街中で、甲高い金属音に相似した音が断続的に響いていた。センジュとリオネールが奏でる戦闘音だ。彼らは結晶化した剣を手に互角の戦いを続けていた。
彼らの苛烈な戦いは街中を崩し、斬り裂き、巻き添えを食った人々の遺体はそこかしこに転がっている。
交差した剣越しに睨み合う双方の眼が、抑制することを知らない殺意を燃えたぎらせている。
「いやぁ~、まさかこんな街中で君と再会するなんて思わなかったよ。嬉しすぎてつい斬り掛かっちゃった」
「随分熱烈な歓迎ですね」
「当然だよ。忘れてないよね? 第二十一区で君がアサトにした仕打ち」
「もちろん覚えていますよ」
「君の理想を彼女に押し付けるのやめてくれないかなぁ?」
「ええ、だから殺すことにしたんです。次代の〈継承者〉誕生のためには、彼女の死は必須ですから」
「ああ、それもそうだね。じゃあやっぱり君には死んでもらわないと困るかな。彼女を二度も殺されてたまるか」
微笑を消したリオネールは唸るように呟くと、より一層眼に殺意を燃えたぎらせる。それはセンジュも同じだった。
双方の結晶が威圧を醸しながら形状を変えようとした時、周囲から彼ら目掛け流星群のように数多の矢が射られた。
彼らは交差していた剣を弾き合うと高く飛躍したのだが、彼らが飛躍した上空には漁業で使用するような網が建物から建物を伝い広範囲に渡って張られている。
空中で身動きが取れない彼らがそのまま突っ込めば網と接触する、それを回避するなら切断するしかない。当然彼らの選択は後者だ。それが不可能だと気付かされたのは剣を構えた時だった。
不自然にぎらつく網目一つ一つが刃のような威光を放っていたのだ。咄嗟に網と自身の間に結晶で防御壁を張ったセンジュに反し、防御も不可能なほど網に接近していたリオネールは反射的に頭部を守るため腕を構えた。
彼の左腕が網目に呑み込まれると肌を裂かれ、骨は断たれ、野菜が角切りにされたかのように彼の断片が雪上に散らばった。
華麗に着地を決めたセンジュの横でリオネールは片膝を着き、無くした左腕から大量の血液が抜かれていく様を苦痛に見下ろす。
「やはり来てしまいましたか。街中であれだけの騒動を起こせば当然ですが」
仮面から晒された片目を細め、センジュが見据える先にはリョウガ率いる総勢二百の狩人。地上は弓を構えた狩人らに包囲され、上空には二人を容易に切り刻む鋭利な網が張られており逃げ場はない。
センジュがこの場を切り抜ける画策を立てる横で、リオネールは傷口を結晶化で止血し、血の気のない顔で立ち上がった。
「面倒だからあの網を壊して撤退しない? 相当頑丈だろうけど、結晶でなんとかなると思うし」
「破壊は可能でしょうけど、あれを見てください」
センジュが見上げる先をリオネールも見上げると、網の所々に黒い塊が見える。リオネールが目を凝らすとそれが爆弾だと分かった。
「うわぁ、えげつないことするね君たち。僕たちを殺すために君たちも死んじゃうよ?」
「殺すための作戦じゃねぇよ」
リオネールの発言を即座に否定したのはリョウガだ。彼は剣を二人に向け、威圧的に対峙している。
「お前らを捕縛するための作戦だ。最悪お前らも俺らも死ぬかもしれないが、死ぬ気でやんねぇとお前ら化け物相手に人間は通用しないだろ。幸いお前らが暴れてくれたお陰でここ一帯から一般人は逃げたからな、思う存分ドンパチやれる」
「あらら、本気みたい。
ねぇセンジュ君、一つ提案があるんだけど」
その言葉にセンジュがリオネールを見やると、彼は不敵に笑って見せた。
「ここは一つ一時休戦ってことにしてさ、今は二人でここから逃げ出さない? 彼らを相手に君の相手までするのはさすがにしんどいからさ、僕怪我しちゃってるし」
「それは構いませんが、彼らを倒さない限り逃げ出すことは困難だと思われますよ?」
「うん、だからさ、二人で共闘して倒そうよ。あ、やっぱちょっと待って。それだとすぐ決着着いちゃいそうだから、僕が一人で倒すよ。君は見学ね」
まるでこれから開始されるゲームが楽しみだとでも言うかのように無邪気に笑うリオネールに、センジュは苦笑しつつ賛同した。
リオネールの足元に染み込んでいた鮮血は雪の中から抜け出し浮遊すると、百余りに小さく分散し増殖しながら結晶化する。
あっという間に成長したそれらは人型のように変化し、そのシルエットはリオネールと相似している。よく見ればそれぞれに目と口の窪みや、鼻のような出っ張りも確認できた。
蒼い結晶の軍隊が雪上すれすれを滑走し、身体の一部を剣やら斧やらに変化させ狩人らに向かって行く。しかしその動きはどこかぎこちなく、ほとんどが大した功績も残せぬまま破壊されてしまう。
「ありゃ、やっぱ直接武器化したほうがよかったかなぁ。剣とか槍とか。人型だとなーんか動かしづらいんだよね。おもしろいと思ったんだけどなぁ」
結晶の軍隊の戦闘を傍観しながら、リオネールはぶつくさと一人考察していると、不意に善からぬことを閃いた。
狩人らと戦闘状態にあった結晶の軍隊が彼の意思で砕け散ると、一つ一つが砂粒サイズの極小になる。キラキラと輝き宙を漂うそれは、地上に落ちた星のように幻想的で、一瞬狩人らの目を奪った。
「綺麗なものには刺がある、ってほんとによくできた言葉だよねぇ」
リオネールが微笑を濃くすると同時に、結晶は狩人らの鼻や口、耳から潜り込み、体内に侵入する。異物が侵入したなんとも言えない気味の悪さから咳き込む狩人らの体内では、結晶が結合し増殖を始めていた。
体内で生じる異変を彼らは敏感に感じ取っていた。虫が這いずり回るような感覚に次いで激痛が走り、悲鳴を上げもがき苦しむと、身体のあらゆる部位がガム風船のように膨張し、鈍い音を伴って破裂した。破裂部分から臓器を引き連れて飛び出した結晶は赤く染色され、次なる獲物を狙い飛び回る。
「あなたも十分えげつないですね……」
リオネールの残虐な戦いっぷりにセンジュが思わず本音を漏らした。
リオネールが次はどんな殺し方をしようか悩んでいると、背後の空気が不自然に動いた気配に本能が警鐘を鳴らしその場を飛び退いた。
その直後、彼がいた場所に斬撃が振り下ろされ、風圧と衝撃で雪が凪ぎ払われ地面が斬り裂かれた。巻き添えを食った彼の髪が数本宙を舞う。
「わあ、こわーい。そしてつよーい。君は討伐部隊隊長のリョウガ君だっけ? 噂に聞いてたけど、実際目の当たりにすると感激しちゃうね」
のらりくらりとしたリオネールの口調に若干の苛立ちを抱くリョウガは、一撃で彼を仕留められなかった自身の非力さに憤慨していた。
「あれ? そう言えば僕は自己紹介してないよね? うっかりしてた、君の名前は知ってるのに名乗らないのは無礼だったね。
僕はリオネール。カテゴリーBの生みの親、元・蒼空の王だよ。ってあれ? 実はもう知ってたりするのかなぁ?」
リオネールはもっと楽しませてと思いながら、馬鹿にしたような態度でリョウガに笑い掛ける。
相対するリョウガに応答する気はなく、再び剣を振るった。リオネールは気になる単語を口にしていたが、問答するのは捕縛した後だと今は不要な探求心を頭の隅へ追いやり、戦闘に集中する。
休む猶予など与えず次々と鋭い斬撃を繰り出すリョウガ。一方のリオネールは余裕めいた微笑でそれを回避し、剣で受け、時に反撃を繰り返すが、実際彼に余裕などなかった。リョウガの強さは本物だ、斬撃に迷いが見られない。
楽しみたいからと言って手を抜けば自身の首を締める行為に繋がる。リオネール自身も本気で戦っていたのだが、次第に呼吸が乱れ動きも鈍り、互角だった戦闘もリョウガが優勢に立ち初めていた。血を流しすぎたことによる貧血だった。
狩人らを襲っていた結晶も操作困難に陥り、結晶は動きを停止するとそのまま消失した。
半数近くにまで激減した狩人だったがその瞳には諦めが見られず、闘志を燃やし雄叫びを上げリオネールとセンジュへ押し迫る。
リオネールが一人で戦うと宣言した以上センジュは手出しする気もなく、かといって怪我を負うのも勘弁願いたい彼は自身の周囲に強固な防御壁を隔て、戦況を傍観する。
接近目前の狩人らを尻目にリオネールがまずいなと呟く。一瞬生じた隙をリョウガが見逃すはずもなく、リオネールの剣を弾き飛ばすと胸ぐらを掴み、一本背負いをかました。背中に走る鈍痛にリオネールが咳き込むと、リョウガは彼に馬乗りになり首筋に剣を宛がった。
「終わりだ、大人しく降伏しろ」
荒く呼吸するリョウガを見上げながら周囲を見回すリオネールは、完全に包囲されている状況を知った。武器を構え高圧的に自身を見下ろす狩人らは、今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だ。危機的状況で、彼は力なく苦笑した。
「あーあ、ちょっと遊びすぎちゃったかな。ねぇ、見逃してくれない?」
「寝言は寝てから言え」
「だよねー」
馬鹿げた提案はリョウガに即座に拒絶された。
リオネールがおもむろにセンジュを見やれば、彼は自らの結晶で築き上げた防御壁内で成り行きを傍観している。
センジュに助けを請う気もない彼だが、傍観する彼にも助ける気は毛頭なかった。狩人らの意識がリオネールに向いているこの好機に、センジュは逃げもせずにいる。事の顛末を見守ってからでも遅くはない、そう考えているのだ。
リョウガは狩人に手錠と鎖を持って来るよう要求し、リオネールを拘束する。上空の網により失った左腕の切断部分にはこれ以上の結晶化ができないようリョウガ自身の隊服の切れ端を何重にも巻き付けていく。
口内には同じく服の切れ端を詰め込み、流血からの結晶化が不可能な状態に。この場にはリオネールの血液は一滴も落ちていない、全て消失し彼は結晶化不能な完全無防備な状態、彼ら人間と違いはない。
リョウガがセンジュに戦意がないと判断すれば、今は彼と戦闘する理由も捕縛する理由もなかった。情報源にはリオネールがいれば十分なのだ。
リョウガの指示で着実にリオネールを本部に連行する準備が整えられていく。
貧血で頭がぼんやりとし吐き気も催していた彼は、疲れたからという理由で抗うことを放棄していた。本部に連行されれば情報入手のため拷問は確実、重要な情報源である自分を簡単には殺せない、逃げ出すチャンスはいくらでもあるだろうと軽く考えていたのだ。
リョウガの手には透明な液体が入った注射器が握られている。即効性かつ強力な睡眠薬だ。これをリオネールに射ち、万が一にでも抵抗しないように眠らせる魂胆だ。
リョウガの動向を瞳の端に映し、リオネールは雪降る夜空を仰いだ。第13区の方角の雪雲が一部、様々な色に変化しているような淡い光を帯びている。月明かりではない、クリスタルの太陽の輝きだ。
あんなに光って疲れないのかな、なんてリオネールが考えていると、リョウガの頭上で小さな光が煌めいていることに気付く。揺れ動く蒼いそれは一片の結晶だ。彼の結晶は全て消失したものだと彼自身も思い込んでいたが、たった一片だけ残っていたのだ。
それはリオネールに諦めるなと語り掛けるかのように彼の視線を捕らえて離さない。
彼は思う、抵抗したら狩人らはどんな顔を見せてくれるのか、その勝ち誇ったような顔は恐怖に歪むのかなと。リオネールは彼らのそんな顔を想像し心底でほくそ笑んだ。
リョウガがリオネールの腕に睡眠薬を射とうとしたその時、一片の結晶がリョウガの耳から侵入した。すぐさま異変に気付いたリョウガの動きが停止する。彼の胃袋の中では結晶が増殖し、圧迫感と激痛に襲われた彼は苦痛に顔を歪め雪上に倒れ込んだ。
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