第11章 聖府
21区での騒動の翌日、ファング本部では組織の49人の最高権力者、聖府が緊急招集され聖府会が開かれていた。
聖府とはファング創設の筆頭として貢献した由緒ある貴族の集まりである。
厳格な面構えの聖府が招集された中、グリム討伐部隊隊長としてリョウガも半ば強引に参加していた。聖府に物申したいことがあってのことだ。
まず始めにリョウガが議題として取り上げたのはアサトがグリムだったという素性に関して。彼は険しい面持ちで聖府を睨むように見据えた。
「あんたらはアサトがグリムだという事実を黙秘してきた、血液検査のデータまで改ざんしてな。体外に排出された血液が結晶化する事実を隠蔽するために身体調査担当のエイダを血液検査から外したんだろ。あんたらがそこまで躍起になって黙秘してきた動機を問う」
聖府のざわめきなどまるで耳に入っていないかのように静寂を纏う男がいた。聖府長のアンセルム・ブルースターだ。彼の右目は固く閉ざされ深い切り傷があり、開くことはない。
彼は机上に肘をつき顔の前で手を組むと、切れ長の片目でリョウガを見やった。
「我々人類の敵はグリムだ。そのグリムを身内に潜伏させている事実が世間に拡散したらどうなる? グリムを憎む者共の中で反乱者が誕生し、過激な行動に出る可能性も大いに想定できる」
「……内乱、か」
その言葉から行き着いた答えを苦々しく口にしたリョウガに、アンセルムは浅く頷いた。
「グリムとの戦争の最中、同じ人類が敵に回る可能性を排除するため、我々聖府のみがアサトの素性を認知し黙秘を貫いてきたのだ」
「動機は理解した。だがやり方がいささかぞんざいじゃないか? 仮にもアサトは狩人だ、戦場に出ればいずれグリムだと露見するのは目に見えてたはずだ」
「そうだな。そして今、アサトの素性は組織の中で拡散した、いずれそれは世間にまで及ぶだろう。
やり方が荒事に至ったのはアサトを敢えて人の渦中に放り、過酷な状況を与えることでグリムとしての力を覚醒させるためだ」
アンセルムの言葉が理解できずリョウガが眉を寄せる。
「知っての通りアサトは犠牲も厭わぬ戦いをする、例え救える命であっても見捨てる。感情が欠落しているのかは知らぬが、それを良く思わぬ者は少なくなかろう。人としての居場所を与え人に非難され孤独を知ることで、グリムの力を引き出せないかと思案したのだ。アサトは完全な覚醒ができぬからな」
「アサトを戦力に取り込むため、黙秘は二の次ってとこか?」
「そうだ。アサトの素性が拡散するのは回避できない現実だが、遅らせることが可能なら実行するしかあるまい。内乱が生じるならねじ伏せるのみ、この戦争にはアサトの力が不可欠なのだ」
揺るぎない意思を称えるアンセルムをリョウガは険しい顔で見ていた。
「あんたは変わったよ、昔は人の命を何よりも優先して戦った英雄だったのにな」
リョウガはどこか哀れむように呟くと、アンセルムはこの議題は終いだとでも言うように開口した。
「世間に混乱が蔓延する前にアサトの素性を公表する。お前は万が一に備え内乱の体制を整えておけ」
リョウガが嘆息すると同時に議題は次へ移行する。内容は自身をカテゴリーAの生みの親、金色の王と名乗ったセンジュに関して。
アサトに話すセンジュの会話内容を全て記憶していたガンズからの情報を基に議題は展開する。瀕死の状態だった彼は幸運にも一命を取り留めていたのだ。
聖府の一人が彼から得た情報を基に議題を進める。
「ガンズ・ローウェルによれば、センジュと名乗ったグリムはアサトと顔見知りの可能性が高いとセンジュの会話内容から受け取れます。センジュはグリムの理想郷を創るためアサトと協定を組む意向だったが彼女は拒絶、その末戦闘に発展。彼女は彼に関して一切覚えていない模様、これは彼女の記憶喪失に影響しているものと思われます」
「待て、記憶喪失? そんな報告は受けてないぞ」
記憶喪失という単語に引っ掛かったリョウガは思わず声を上げると、怪訝な視線をアンセルムに向けた。話せと目で語る彼が引く気配はなく、アンセルムは嘆息して話した。
「我々ファングがアサトを保護したのは13年前のことだ。当時、アサトには自身の名以外の記憶は一切なく、グリムの存在自体認知していなかった。自身がグリムだということもな」
「初耳なことばっかだな。俺はあんたらとあいつが13年も前から接触してたことすら知らない。この落とし前はつけてもらうぞ、クソ親父」
抑えきれない感情から暴言を吐くと、アンセルムは沈黙したままリョウガを冷視し睨み合った。緊迫する重苦しい空気に聖府が青冷める最中、議題は進められた。
「キース・ロザリーの目撃情報によれば、カテゴリーAはセンジュに従順な模様。アサトとセンジュの協定が決裂したことで彼はアサトの命を狙う意向かと思われます。
そしてもう一人、カテゴリーBと思われるリオネールという男に関してですが、彼もまたセンジュとアサトと顔見知りのようで、アサトに対して特別な感情を抱いている様子だったとキースは証言しています」
「これは私の憶測だが、センジュ、リオネール、そしてアサトはこの戦争の重要人物、鍵となり得る存在だろう。恐らくその二人はアサトに再度接触を図る、必ず殺すのだ、良いな」
有無を言わせぬ迫力を醸すアンセルムの言葉に聖府は頷いた。その様をリョウガは神妙な面持ちで眺めていた。
聖府会が終了し聖府が解散した室内には、椅子に腰掛けたまま立ち上がろうとしないアンセルムとリョウガがいた。
背もたれに身を預け足を組むリョウガは、不服な口調で微動だにしないアンセルムに声を放つ。
「あんたの考えが理解できん。何一つな」
「他者の考えが理解できるなら誰も苦労はせんさ。
お前は感情的で分かり易い、昔より幾分かマシになったようだが、私にとってはまだまだ子供のようなものだ」
「ガキ扱いすんな」
「ガキだよ、老いぼれた親父の背を必死に追う可愛いガキだ。必死に足掻きもっと強くなれ、そして私にお前は私の誇りだと思わせてみろ、リョウガ・ブルースターよ」
厳しく、だがどこか柔らかな声音でそう言うと、アンセルムは立ち去った。
一人取り残されたリョウガは遠ざかっていく足音を聞きながら、複雑に渦巻く感情を打ち消すように拳を握り締め呟いた。
「うるせぇよ、クソ親父」
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