第7章 異なるグリム

呆然と立ち尽くすガンズらに関心を示さないセンジュは仮面をずらし、左目と口元を露見させると、刃に付着した鮮血をすくい舐め取った。


口内に広がる鉄の味を不味いと感じながらそれを飲み込むと、不敵に微笑みながら呆然とする彼らに視線を送った。


「あの二人の狩人のバングルを破壊したことは無駄だったようですね。もしかしたら破壊すれば、この場所は悟られないと踏んでいたのですが甘かったようです」


二人の狩人とは、リズの追跡に就いていた狩人のことだ。廃屋病院で殺害され、バングルが不自然に破壊された形跡があった。


センジュの告白からその犯人が彼であることを知ったガンズは、徐々に冷静さを取り戻していった。


「お前はカテゴリーAなのだな」


「はい、申し上げるのが遅くなってしまいました。

疑問なのでしょう? グリム感知器がグリムであるはずの私を感知しなかったことが。ですがもうじき感知するはずですよ」


微笑を浮かべ、淡々と述べるセンジュをガンズらが怪訝に見据えていると、彼らの感知器から一斉に黒いレーザーが放出され、一様にセンジュに注がれた。皆思うことは同じだった、なぜ今更反応するのだと。


「グリムに体温は存在しない、ですが私はある状況下で一時的に人間のように体温を得、感知器を欺くことが可能です。私はあなた方が知り得ているグリムとは少し異なるんですよ。私のようなグリムは私を含めこの世界に三人存在しています」


ガンズたちの疑問に加え、グリムの情報を与えるセンジュはどこか楽しげに上品に笑い、いつの間に傷付けたのか、金色の剣が生み出されたであろう自身の血が滴る掌をぺろりと舐めて見せた。


センジュの言葉を鵜呑みにする気は更々ないガンズだったが、感知器が反応した今、彼が知識の中にあるグリムと異なることは紛れもない事実でもあった。


「あんたはいろいろ詳しく知っていそうだのう」


「ええもちろん。知りたいなら私を捕縛し、拷問でもしますか? 苦しいのは遠慮したいので、捕縛さえすればお教えするかもしれませんよ?」


からかうようなセンジュの言葉を受けた時、すでにガンズの中で答えは出ていた。貴重な情報源を見捨て、総員でこの場から脱出するか否か。


グリムの新たな情報は何百年も発見されていない。だから今回の任務、死者がグリムとして出現した奇怪現象は非常に重要視されていた。


どんなに小さな発見でも、グリムを打破する手掛かりになるかもしれない。もしかしたらそれは、グリムに致命的なダメージを与える刃になるかもしれない、そう期待しているのだ。


誰もが皆この残酷な世界で希望を捨てられずに生きている。眼前のグリムを捕縛することで希望を実現できるかもしれない。一日でも早く人が無慈悲に死にゆく悪夢が終わって欲しい、そう心底願うガンズは思わず口にしていた。


「……その提案に乗ろうかのう」


そう呟くや否や、ガンズは廊下を蹴り、狩人たちの間を縫い疾走すると、センジュとの間合いを詰め、自身の身の丈ほどもある大剣を降り下ろした。


鋭い斬撃はなんなく金色の剣で防がれ、鈍い金属音が響き渡った。交差する刃越しにガンズとセンジュが対峙する。


「逃げろ!!」


ただ一言、ガンズは背後で立ち尽くす仲間に向けて言い放った。それ以上の言葉を紡ぐ余裕が今のガンズにはなかったのだ。自身よりも華奢な体格であるはずのセンジュの力が、自身よりも上だと確信したからだ。その事実に、交差した金色の剣がガンズの大剣を押し始めていた。


ガンズの怒号をその身で受けた狩人たちは我に返ると、後ろ髪引かれる思いで走り去った。


「あなた一人が残って私を捕縛できるのですか? 犬死にするだけでは?」


「仮にそうだとしても、部下たちはあんたが洩らした貴重な情報を持ち、本部に帰還してくれるはずだのう」


「なるほど、彼らを逃がすための作戦でもあったのですね。これ以上部下を死なせないようにと。泣ける話ではありますが、私はそういう甘ったるい愛というものは大嫌いなんです」


センジュは仮面のような取って付けたような笑みを浮かべた。


彼の掌から溢れた血液が結晶化し刃のように変化すると、無防備に晒されたガンズの首筋に宛がわれた。それを回避しようと身を引けば、交差した金色の剣が彼を切り裂くことになる。


彼は身動きが取れず、首筋に触れる悪寒が走るような冷たい感触に悔しげに顔を歪めた。


 

その頃、ガンズの指示に従いビルから脱出すべく元来た道を走るキースチームは、ようやく彼らが侵入に成功した最上階に到達したところだった。


息つく間もなく崩れたマンションを伝い降りようと地上を見下ろした時、彼らは硬直した。


地上には金色の十字架のようなものがいくつか突き立てられている。侵入当時はなかったものだ。そこにくくり付けられているのは赤く染まり脱力したガンズチームだった。


何があったのか、彼らは生きているのか、キースチームは皆呆然と自問していた。


ふと十字架の渦中にビル上階を仰ぎ蠢く人影が窺えた。センジュだ。彼は間違いなくキースチームを見ていた。


距離的に考えて感知器は無反応を示していたが、仮面から露出した片目が金色に光輝する様は、離れていてもキースチームに確認できた。


即座に武器を握り締め戦闘体勢に入る彼らの横で、アサトに異変が生じていた。心臓が激しく脈打ち始めたのだ。痛みも苦しみもないが、言い知れぬ感情に苛まれ胸元を握り締める彼女の顔は歪み、額からは汗が滲んでいた。


センジュが見ているのはアサトだ。その突き刺さるような視線を彼女は遠目からでも感じていた。


不敵に微笑む口元が何かを呟いた。


「これより私のカウントダウンは開始されました」


彼の声などアサトには届かない。だがその瞬間彼女の心臓は一段と激しく脈打ち、自身でも気付かぬうちに地を蹴り、センジュに斬り掛かっていた。身体中の血液が沸騰するような高熱が彼女を襲っていた。


金色の剣によって彼女の斬撃は防御される。はじき飛ばされた彼女はセンジュと間合いを取り対峙した。気が付けば彼女の感知器は反応し、黒いレーザーが彼に向けて放射されていた。


アサトの突飛な行動に臆しながらも、加勢しようと動いたルイをデュークが阻止した。


「危険だ」


「はあ? んなこと言ってたら狩人は勤まんないって。そんなことより早くガンズのおっさんらも助けねぇと……」


「そうじゃない。危険なのはアサトのほうだ。今迂闊に近寄ったら殺されるぞ」

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