第1話A中学校⑦

四月二十日、水曜日。もうすぐ日付が変わらんとする時刻。僕は独り自分の部屋で、明日持っていくものを床一面に並べ、念入りに点検していた。


「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はちっと……やっぱり揃っているよな」


本日三度目の発火装置の数え作業を無事こなし、僕は一息つく。気分はまさに修学旅行前日。明日の放課後に設置し、明後日の本番にぶちかます。この光景をイメージしているせいか、最近寝不足だよ。イメージも完璧。来るべき避難訓練の日、僕の練った計画は絶対に成功するだろう。月曜日の時点では、どうなるか不安もあったのだけれど、今となってはどっかに飛んでいっちまった。あれほど発火時刻に悩み、後回しにしていた発火装置には、タイマーをつけた。只のタイマーではない。遠く離れた場所からでもスイッチ一つで起動するという、とんだ優れ機能が登載されている代物だ。勿論非売品。ネットで得た知識を応用し、昨日学校を休んで作り上げた手製だよ。詳しいことは言えないが、トランシーバーを改造して作った。いやあ、自分の可能性につくづく惚れちゃうぜ。


(君らの中学生時代、周りにこんな感じの装置を手作りしちゃうような、優秀な生徒はいたかね。いやあ素晴らしいよまったく。自分で言うのも何だが、中学生の頃の僕は頭が良かったと思う。だって勉強を一切していないのに定期テスト各教科九十点台を切ったことは無かったし、想像力も豊かだった。マジで、地頭力は当時の僕の方が今の僕より遥かに良かったと思う。今の僕よりというのは、そう、十で神童十五で才子二十歳過ぎては只の人。僕は今ではすっかり凡人に成り下がってしまったのだ。高校入学してからものの見事に落ちこぼれちゃいました。どうだ、エッヘン。なんて威張ることでもないな)


変装用のカツラもあるし、着火剤は今日、トイレの用具入れの中の奥の目立たない場所に置いてきた。万全だな。よし、今日はもう寝よう。しっかり眠って明日に備えよう。



四月二十一日、木曜日。


涼しげな朝、鼻歌を歌いそうになるくらい陽気に校門を通過し、僕はいつもより早めに登校する。今日は、案の定興奮して早起きしてしまった。まだ一日前だというのに。セッティング作業は放課後に行うため、本当は午後から登校する予定だったが、火曜日に無断欠課を使ってしまった手前、そんな真似出来ない。少なからず教師共に怪しまれそうだからね。本日の一連の授業は、二時限目の数学さえ乗りきれればあとは楽勝。放課後まで適当に宇宙の神秘について考え、時が過ぎるのを待てばいいだけだな。足を動かしながら、そう考えていたら、いつの間にか自分のクラスの教室に着いていた。結構早めに着いたから教室には誰もいないと思っていたが、そうでもないな。点々と席は埋まっている。よし、とりあえず靴を脱いで、その靴を自分の靴箱に入れるために戻るか……



早めに登校しても、特にやることもなかったので、自席で腕を枕がわりに寝たふりを三十分近く続けていたら、学校中に予鈴が鳴り響いた。この鐘がなったということは、もうすぐ一時限目の授業が始まるわけなんだが、その十五分前に学校が休みの日を除く毎日『朝の会』なるものが開かれる。その内容は毎回、担任教師が出席をとったり、今日の日程を大雑把に説明したりと、つまらない、というか、さして特徴のない、一般的で普通の『朝の会』だ。だからといって、居眠りしていたら職員室に呼び出しを食らうので、すっくと起き上がり、椅子に座り直した。



しばらくすると教室の引き戸が開き、そこから担任がやって来た。途端、皆自席に座る。なんだか普段と違う雰囲気を身体中に纏わせているぞ。このクラスの誰かが法でも犯したのかなあ。そんなこと想像していると、


「みんなには、今から重要なことをお知らせします」


担任は、重々しくそう言った。そして、何かの用紙を右手に挙げ、


「昨日の放課後、この学校に爆破予告が届きまして。内容は長いので読みませんが、まとめると『四月二十二日金曜日にA中学の校舎を爆破させる』だそうです。この事態を受け、明日は臨時休校。今日も午前中授業とするらしいので、家に帰ったら親にそう伝えてください。もう一度言います。昨日の放課後……」聞き漏らしがいないように、出席もとらず、十五分以上使い、皆に何度も繰り返し説明をした。(信じられないと思うだろうが、マジ。当時、マジで爆破予告がきた。決して話を盛ったとか、昔の記憶が美化されたとかではない)


この担任の台詞を聞いた瞬間、僕の脳裏に衝撃が猛った。爆破予告……当たり前だが僕はそんなの知らない。あり得ないだろ。よりによって避難訓練の日に当ててくるなんて、神が僕の考えた神聖なるイタズラを妨害しているとしか思えない。



次の日、学校は休校となり。勿論避難訓練は亡きモノとされた。それから結局僕は、不条理な出来事に邪魔され『A中学校イタズラ作戦』を実行することなく、ひっそりとA中学校を去ったのだった。

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