第4話お見舞い②

キンコーンカンコーン


これは自校の鐘の音である。これは朝のホームルームが始まる合図であり、自席に座る合図でもある。


ガラララ


鐘の音が鳴り終わったかと思った途端、直ぐに担任が入ってきた。


僕らの担任の先生はお堅く冗談の通じない、かつ時間に正確なため、同級生の間では、政府が国家機密で導入している試作型アンドロイドとの噂が立っているが、実際どうなのかは定かでない。


「皆さんおはようございますこれから番号順に点呼をとるので名前を呼ばれた生徒は各自返事をしてください」


教卓の近くまで来ると、片手に名簿を持った担任は、息継ぎなしで、抑揚なしで、まさしくマニュアル通り、出席をとり始めた。



朝のホームルームの無駄さ加減は計り知れないものがある。自分の番が来るまでも何も出来ないし、かててくわえて自分の番が終わっても何をしていいのかが分からない。それは周りも同じな様で、中には保健だよりに載っていそうな、『正しい姿勢の座りかた』を無心で実行している者や、目を開けたまま寝ている猛者もいる。僕も、この時間は朝礼同様、無心で聞き流すに徹している。しかし、今日は違った。聞き流せない程大きな塊が耳に飛んできたんだ。





「次、時東 四季!」



精密機械の点呼に、しばし嫌な間が空く。


普段なら「私を呼ぶ際は『様』を付けなさい!」や「気安く私の名を呼ばないでくれる?」や「人に名前を訊くときは、自分から名乗れって教わらなかったのかしら?」といった、痛々しさ最高潮の返事が教室内に響き渡るのだが、それがないのは時東さんが学校を休んでいる証だ。だとすれば珍しいな。多分初めての欠席だと思う。




「えー、時東は先程本人から連絡がありました|


何やら名簿を見ながら担任は、そう言った。ここまでなら普通。けれど、さすが時東さん。理由がブッ飛んでいた。


「えー、どうやらチュウニ病という病気を患っているらしく左腕が疼いて仕方ないと|




時東さんの休んだ理由は衝撃的だったが、日頃毒されてて周りの感覚は麻痺しているよう、『そっか、時東さんなら仕方ない』程度で済まされていたから恐ろしい。


そんな恐ろしい一日もやっと終わってくれた。


ただ今は放課後である。


何分時東さんがいないってのはいいものだ。


真っ直ぐお家に帰れるのは嬉しい。


帰りにレンタルビデオ屋さんにでも寄ろうかな。学生鞄二号にありったけの教科書を詰め込んで、そんなウキウキ気分で帰りの準備をしていたら、


「お~い。宮國く~ん!一緒に帰ろうよ」


相原さんの声が教室の出口から聞こえてきた。相原さんであってほしくないと、思いつつも、声の聞こえる方を見れば、そこにはやっぱり相原さんがいた。雪国先輩が一匹増えているから若干違うが、前にもあったな、相原さんが僕を誘うこと。大方途中で時東さんの家に寄るのだろうな。それは勘弁してもらいたい。もらえないだろうから自分から断ることにする。




ここは校門前、校則の境界線上である。


断る理由が直ぐに浮かんでこなかったせいで、流れるプールの如くここまで流された。


「さて、四季の家に立ち寄ろうか」


相原さんは、僕の学生鞄二号の持ち手を握ると、キャスター付きのキャリーバックの様に引っ張り始めた。自分が蛸だったら人気者だ。


まあ、なにがさてかはさて置いて、僕は厄介者のせいで、この度も貴重なウキウキ休日を失ったのであった。




いつもの道を僕らは歩く。時東さんの家はまだ先だ。面倒臭い。


その途中、


「宮國くんは四季が何で休んだか知ってる?」


知っていそうな顔で、相原さんは僕にそう尋ねた。


「中二病がどうとか担任は言っていたけど」


「何それ、チョーウケるね」


僕の簡潔明瞭な説明に、死語なりかけのギャル語で返してきた。


その後、相原さんは自分のスカートのポッケから携帯電話を取り出し、


「なにが中二病ですか。ねえ、二人。四季、今朝メールでこんな事送ってきたんだよ。みてみて!」


僕と雪国先輩の前に、開かれた携帯電話を見せる。


『風邪引いた』


痛くも何ともない普通の文面が、そこにはあった。


「ウケるよね~、風邪だって。馬鹿は風邪をひいた事にも気付かないっていうから、多分ひいていた風邪を悪化させちゃったんだろうね。昨日少し咳してたし」


相原さんは、携帯電話を再びポッケにしまう。


サボりかと思っていたけれど、ちゃんとした理由があったんですね。左腕が疼くのも、風邪特有のダルさを考慮すれば合点がいく。


それにしても昨日の風邪気味だったのか。全然気付かなかったぞ。

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