第3話ボランティア②
着替え終わったんで二人で外に出た。時東さんは被った猫に体力を吸いとられていたらしく、自宅の門を過ぎ僕の母さんの視界から外れると、一息嘆息を漏らした。
「神経を久しぶりに使うと疲れるものね。もう二度と使いたくないわ」
そう言いなさらず、日常茶飯事に精神的事故を起こしている時東さんにこそ、神経は使ってほしいものだよ。なんなら自分の持ち合わせているヤツを分けてやってもいい。
「休みの日でもやっぱりはめるんだね」
時東さんはインフェニティーグローブをどこからか取りだし、いつの間にかはめていた。
「黒歴史部の部長候補として『常日頃から痛い人であるべし』という教訓を守っているだけよ」
時東さんは、歩くペースを上げる。一体何をしに?
「どこへ行くの?」
後ろから僕は、そう尋ねる。
「ボランティア活動をしに行くに決まっているでしょう」
僕の方を向いて時東さんは言った。国歌を斉唱するが如く、常識でしょうと言わんばかりの口調で。この国では自分の家にアポなしで他人が訪問して来たら、十中八九ボランティアに誘われるってのが常識だったのか?それならばこの国はとうに世紀末である。
「ボランティア活動?」
全く以て聞いていない。昨日もお水会に参加させられたが、そんな話題一つも挙がらなかったぞ。手相占いの話題しか挙がってなかったぞ。今の僕の頭の中にはナゼが多すぎる。
「ええ、ボランティア。自ら進んで難儀な事を無償でやる、あのボランティアよ」
「それは、またなんで?」
「黒歴史部を滞りなく新設するためのステップとして、手始めに周囲へ胡麻を擂っておいた方が良いかと思い立ったからよ。活動内容は、通学路のゴミ拾い。私立三佐上高校の教員達に、こんなにもプラスとなる行為を率先して無償で行う私たちが部活を創っても、決して私有化したりはしない善人であるという事を見せ付けないとね」
だからわざわざ制服なのか。近隣住民にわざと身元を特定させ、学校側へ「こっちの生徒さんは休日だというのに、清掃活動を率先して行っているだなんて偉いですね」的な感謝の電話をさせるのが狙いっぽい。だとすれば狡いなあ。それって、内申稼ぎの為にインターアクト部とかいうよく分からない部に所属している奴と同じだぞ。
「それって、偽善じゃないの?」
「あらまあ、君も案外子供なのね。いい?よく、慈善活動は偽善活動とか、言われているけれども、善やら悪やらという中二臭い言葉を意識している時点で駄目なのよ。善なんて捉え方次第。元より偽物も本物もない。長年ボランティア活動をしている人は、そんなこと考えない、損得尽じゃない素晴らしい人たちばかりなのよ。だいたい偽善とかほざく人に限って口だけ冒険家が多いのよね。本当苛つくわ。殴りたくなるわ」
僕は殴られた。
ひょろひょろの猫ちゃんパンチだったが、意外に重く、不覚だった。
「君を殴れてスッキリ出来たところで、そろそろ行こうかしら」
僕が頭をジンジンさせていると、再び時東さんは歩き始めた。どこにいくのかは知らないが、黙ってついて行くしかないのだろうな。
「そういえば、相原さんと雪国先輩は?」
道中、一応気になったんで暇潰しがてら訊いてみた。
「学校の正門付近で待ち合わせしているわ。だから私たちも今から向かうのよ」
僕の住んでいる場所から自校までは割と遠い。中学の頃の同級生が、自分以外この学校へ通わなかった理由はそれが八割。残りの二割は知名度の低さ、中途半端な大学進学率と実績、教師達の大半が死んだ魚のような目をしている、その他諸々だ。徒歩で通おうとするもんならば、僕は家を朝の五時に出なくてはならないだろう。部活に入ってもいないのに運動部の朝練並み。なので、さすがの時東さんも歩いて行くなんて間抜けな発想はしないと思う。
時東さんの足が止まったので、駅に着いたと思ったら違っていた。何の変哲もない道路。目の前に自称美大生が描いた、カラフルなだけで目がチカチカするような変なオブジェが置いてある以外は、本当に普通の道路だ。
「何これ?」
気になったので、それに触れようとしてる時東さんへ訊ねてみた。
「なにって?自転車に決まっているじゃない。見ればわかるでしょう」
たしかに、よく見れば自転車。というか三輪車だこれは。三輪車といっても大人用、後ろに車輪が二つ、前と後ろにはそれぞれ籠がついてて、若干後ろのものが大きい。あと、ハンドルにはカラーテープが巻かれており、その様は、辞書が唯一の友達である小学生に多く見られるそれ。付箋が大量に貼られた辞書に似てて、旗から見ると滑稽極まりない。ペダルは、二十四色絵具セットにて、全色を混ぜたときに生まれる、限りなく黒に近い茶色、ヘドロみたいな色をしてて臭そう。そのうえ片方しか塗られておらずアシンメトリーだ。その塗られている方も、よく見れば四分の一程度しか色が付いておらず、途中で断念した跡が見受けられる。この自転車の持ち主は、大層いい加減で、馬鹿っぽいな。一体どんな人が持ち主なんだろうか、とても気になる次第であるよ。
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