第2話スカウト⑱
当人に確認したいのは山々だけれども、そうできないのには勿論理由がある。
あれは先日の出来事だったな。五組から七組まで廻ったが、収穫はなく、三年生の所に向かうも、明らかに空気が違っていた。受験シーズンを迎え、皆、勉学に追い込みをかけているのがよくわかる程に、下手に触れたら爆発しかねん尖った雰囲気が漂いまくっていた。昼休みなのにお葬式並みに静か、自席で勉強してる人もチラホラ。その光景を見ていると『勉強して将来なんの役に立つの?』とは到底聞けない。そんな戦地と形容できる場に僕らは飛び込んだんだっけか……
三年一組の教室に入るなり、皆の視線が一気に僕らに降り注いだ。どれもこれも殺意に満ちてて、野性味満天、視線というよりは死線。これには時東さんも「間違えましたすみません」躊躇せざるを得なかったみたいで、三年生は断念。結局部員候補は、三人。現在進行形でそれぞれ勧誘中らしい。時東さん曰く「勧誘中だから私と君は一時的に距離を置いておいた方が良いわ」とのこと。まあ、放課後、手首を縄で縛られている僕の存在は、勧誘するにあたって悪印象でしかないから分からんでもない。なにも教室ですら会話を断つのはおかしいと思うが、元々時東さんはおかしい人なので、言及するのは止している。なので言われた通り時東さんの事は無視オンリー。起こしてやんない。
放課後。
当然だがここ何週間かは、時東さんと一緒に帰っていない。それ故に僕の放課後は最近有意義なものになっている。家に帰って、ゲームしたり、ゲームしたり、ゲームしたり……振り返ればゲームしかしていなかったが、帰宅部って大概そんなものだろう。そこそこのスクールカーストとて、まだ一学期、友人らと遊びに行くのは早すぎる。程度を弁えるのは必要、でしゃばれば煩わしいと思われ兼ねぬ、初めこそ誘われるのを待つのみだ。って、今月号の雑誌に書かれていたしね。
中身がスカスカだと、頭もスカスカなのかと思われるのが嫌なので、いつも通り、ありったけの教科書を自分の学生鞄に詰め、家に帰る準備をする。
時東さんは寝ているけれど、起こさなくていいよな。今日、三時限目の音楽の授業に、遅刻して現れた時は少し僕を視る目が怖かったが、多分自分の勘違いだろう。思春期特有の自意識過剰ってやつ?そう考えている内に、帰る準備が完了した。瞬間、
「お~い。宮國く~ん!」
聞き覚えのある声が、教室の出口から聞こえてきた。相原さんの声に似ていたので、もしやと思ったが、その通り声の主は相原さんだった。本当に在学していたんだなあ、学校で会うのは初めてなものだから新鮮だ。
「一緒に帰ろうよ」
「僕と?」
「そうだよ~」
そんな感じで僕は、どういう風の吹き回しか、相原さんと一緒に帰る事になった。一緒に帰ることにした。
一緒に帰ると言われたが、校門を出ると「時東さん家に寄ろうよ」なんて抜かし、相原さんは僕をがっかりさせた。それで現在、時東さんの家に向かって二人で舗装された通学路を歩いている最中。僕だって反抗期なりに、反抗してみたんだよ。次のように、
「四季の家に寄ってもいい?」
「ダメ」
「四季の家に寄ってもいい?」
「ダメ」
「四季の家に寄ってもいい?」
「ダメ」
「四季の家に寄ってもいい?」
「ダメ……
でも、こんなエンドレスに続く単調なラリーに、僕は耐えられなかった。んで、折れた。結果が現状。時東さんの家に行ってどうするというのだ。相原さんは自分から誘ったクセして全く話し掛けてこない、黙りが続いている。凄く気まずい雰囲気がまとわりついてるよ。
「時東さんの家へ勝手に行って大丈夫?というか本人も距離を置けって言っていたし」
無言続きってのも嫌なんで、僕から話し掛けてみる。
「大丈夫だよ!いざというときは全責任を宮國くんに押し付ければいいだけだから」
全然大丈夫じゃねえ、それで助かるのは相原さんだけじゃないか。明るい口調でそんな酷いこと言わないでよ。
「相原さんって、何気に辛辣な事を言うよね」
「ひど~、そんなつもりないのに。宮國くんには、私はそう写っているの?」
はい、バリバリ写っております。と、言っても無駄なんだろうな。本人には自覚なしっぽいし、
「ごめん、目の錯覚だった。相原さんはとっても純粋な子だよ」
当たり障りのない事を言って終わらせよう。
「こちらこそ勘違いさせてゴメンね。と、ところでさ、もう少し前に行ったらスーパーがあるんだけど、なんかお土産で食べ物とか買っていかない?そしたら四季もきっと喜ぶと思うんだ。最近、私も四季と話せていないから尚更だよ。ねえ、どうかな?」
「良いんじゃない」
なんて友達思いで良い人なのか、純粋無垢なその笑みでそう言われると従うしかない。僕らは途中でスーパーに立ち寄ることに決めた。
「時東さんって納豆が嫌いらしいよ」
スーパーに入るや否や、いきなりそんなことを相原さんは言ってきた。
「いきなりなに?」僕は訊ねる。
すると、顔を赤らめて、
「え、もしかして聞こえていた?恥ずかしい~。あっ、さっきのは単なる一人言だから気にしないでね。別に時東さんの苦しむ姿が見たいとかじゃないんだからね!」
恥じらいを見せた。が、このあとも相原さんは、やむことなく時東が納豆嫌いであることをしきりに呟き続けた。あくまで一人言として……どうやら相原さんは、純粋無垢である反面、悪魔でもあったらしい。
結局スーパーで僕らは、納豆を十パックだけ買い、時東さんの家へ向かったのだった。
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