第2話スカウト⑯

「一人いたわね。とっておきの子が」


はあ?まさか、あんな状態から選定をしっかりと行っていたとでもいうのか。


「どうやって選んでいたの?」


「君、隣にいたのに気付かなかった?二年四組にいたでしょう、ぼっちな女の子先輩が」


「いたっけ?」


正直ピンボケに全体を捉えていたから、雰囲気すらも覚えていない。二年四組。今日の昼休み、僕らが最後に廻ったクラス。本日一番賑わいに満ちた『THE青春』と名付いてそうなクラスであったなあ。僕らのせいで地獄と化したのは言うまでもないし、言いたくもないが……ぼっち?一人ぼっちの略語だよな。おかしくないか、


「ぼっち?その子は痛い子なの?」


さっきの時東さんの口振りから殊更痛い点は見つからない。ぼっちそのものが痛いとでも言うんだろうか。違うな。自分も体験して分かる通り、一人になりたくてなっている人もいますし、人とコミュニケーションを取るのが苦手だから、已む無く甘んじてる人もいるでしょうに。それらを輪ゴムで留めて纏めて『痛い奴』とカテゴライズしてちゃ敵わない。なんて、僕の思い過ごしだろうけどね。そうであってほしい。


「君は少し勘違いしているようだから説明したほうがいいわね。良い?今回の作戦、部員候補が中二病患者であることに私はこだわっていない。別段痛々しくなくとも構わないのよ。人の性格なんていくらでも改竄できるしね」


ああ、そうだったんだ。なるほどね。恐ろしいね。時東さんの言い分を曲解せず真摯に受け止めれば、僕は改竄作業の途中にいる第一被験者となるわけだけど、要するに誰だって良い事となるわけだけど、即ちあんな事故紹介をしなくてもよかったとなるわけだけど、


「あの女の子先輩は良かったわ。うつむきぎみでよく見えなかったけれど、ウルトラ可愛いかったわ。寡黙っぽくて、純文学を好んでいそうで、情報に疎そうで、自宅にTVがなさそうで、頭が良さそうで、図書委員っぽくて、男に耐性なさそうで、話し相手いなさそうで、ピュアっぽくて、マゾっ気があって。例えるならば、ちぐさの次の次の次の次くらいに可愛い。私とちぐさとあの子の三人で黒歴史部の三トップを張れると思うわ」


これは誉めているのか、馬鹿にしているのか、僕主観だと後者が圧倒的優勢だ。


「てことは、四季はこれからそのとっておきをスカウトするの?」


「勿論よ。日をおいてここに連れてくるわ。現時点では候補生ってところね」


どうしてこうも上から目線なのか、さも地球の中心の軌跡が自分の軌跡とでも思い込んでいるのだろうか。そんな傲慢さが時折羨ましいとさえ思えてくるよ。


「ところで時東さん?」


「なあに?」


「あんな自己紹介をやる意味あった?」


僕は時東さんに問い質す。あれは寿命を削ってまで、練習してまで、今後の人生を棒に振るってまで、とるべき方法だったのか。もっと上等な手段はあったろう。マラソンを完走した後に「最初の五十メートル間でのタイムしか評価に入らないよ」と、残りの四十二,一四五キロメートルは無駄だと知らされたかのよう。遠回りもいいところだ。理由によっては乱を起こす自信がある。


「ありありありよ。何も無しに私があんなことすると思うかしら?」


思うざます。


「あれは、私好みの人を探すのに最も適したメゾットなのよ。ぼっちを探すのにね」


「時東さんは、さっきからぼっちにえらく執着してるけど、ぼっちの何が良いの?って、隣で宮國くんが言いたげな顔をしているけど、四季はそれについてどう思う?」


相原さんよ、アナタはエスパーですか?全くもってご名答。


「酷いマヌケ面としか言い表しようがないわ」


そこじゃないでしょう。


「ぼっちの何が良いの?」


今度は僕が訊くことにした。


「メリットなんて挙げるだけ無駄であるけれど、強いていうならば、面白いからの一言に尽きる。それだけね。世俗を絶ってるもんだから自分の物差しが早熟してそうで、自分の考えが固まっていそうで、何色にでも染めやすそうで、パンピーとは違った事をしでかしそうで、絶対面白いと思うわけ。だから今回は中二患者でばなく、友達いなくって、大人しめで、周りの雰囲気に流されない人を探してたのよ。君は、気が付かなかったの?昼休み、二年四組に乗り込んだ際、明らかに浮いていた人がいたことを。私たちに見向きもせず、黙々と、周りに誰も寄せ付けず、自席で弁当を食らっている彼女は、まるで台風の目。当人としてはただ昼食をとっているだけなのかもしれないけれども、普通、あんな状況で無関心を装えるかしら?少しは注目するでしょう。やっていることがやっていることだけあって、一人だけ異彩を放ってたわ。向きが違っていたわ。あの女の子先輩は逸材なのよ」


オタクが自分の趣味を語るが如くの早口で、時東さんは熱弁を振るう。なんだか一人で盛り上がってるようで、僕らとの温度差は開く一方だ。相原さんは、テーブルの下でこっそり携帯電話を弄り始めているし、この調子で温度差が開いてゆけばいずれ体調を壊してしまう。

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