第2話スカウト⑮
「この時間って無駄だよね~、暇だよね。何する?私の昨日見た夢の話でもする?全十二部構成」
「結構だよ」
現時、僕らは毎度お馴染み、乙女の部屋におり、いつも通りお水を汲みに行った時東さんを、座って待っている。誰も待ち望んでいないのにお水を汲みに行っている。
「お菓子持ってきたんだけど食べる?」
余程暇なのか、相原さんはそう勧めてきた。前回の前衛芸術の件もあるから、期待は薄いけど、何やら鞄を手探ってるし、断るのも何だか悪いよなあ。
「食べる。食べるよ」
「そう言ってくれると思って準備しておいたよ。ほれっ!」
なんて言って、テーブルの上へ透明袋に入ったお菓子を置いた。お菓子?
「なにこれ?」
ラッピングに使うようなショボくれた、リンゴ大の透明袋に、粉々に砕かれたビスケットのような茶色い、正体不明の粉が申し訳ない程度に詰まっている。これをお菓子と呼ぶのはどうかと思う。
「なにって?お菓子だよお菓子。This is a confectionery」
「いや、まずそもそもこれはなに?」
「私、TV局でバイトしててね。よくあるでしょ『このあとスタッフが美味しくいただきました』ってやつ。それがこれだよ」
頬杖をつきながら指し示した。へえ、あれって本当にいただいているんだねえ。と、感心している場合ではない。出所が分かったお陰で益々食べる気が起きなくなったぞ。
「さあ、食べて食べて~、芸能人さんの血と汗と汁の結晶が詰まっている至極の一品だよ。品質は保証しないけどさ」
益々益々食べる気が起きなくなったぞ。
「私は死んでも食べたくはないけど、それを食べてもがき苦しんでいる人を見たいから勧めてるんだよ!だから食べてみなよ♪」
そう言い終えると、おもむろに袋を開けると、ひっくり返して、ガサッガサッと謎の粉を広げ出した。お皿も敷かずにテーブルに直で……
「あら、どうしたの。いつも以上に死んだような顔をしちゃって?」
時東さんが扉を開け、ようやくやって来た。丁寧に拭き取られたテーブルの上に、ティーセット一式入った御膳が置かれる。もう少し早く来てほしかったよ。本日何度目の臨死体験だったろうか。まさかテーブルの上に撒き散らされた謎の粉々を、一片残さず全部食わされるとは……チョークの粉と水溶き片栗粉と木屑を、ミキサーでかき混ぜたような、最悪最低の味でござった。相原さんは、恐るべき人であるよ。オエッ、喉にまだ張り付いている。
「今日は一段と遅かったね、何を使って一人エッチしていたの?」
一人エッチしていた前提かよ。なんという破廉恥爆弾。科学の進歩と共に女子トークも日々、進化してるんですね。
「そうね、今日は人参と玉ねぎとズッキーニだったかしら?」
座って、自分のカップに水を注ぎ入れつつ、時東さんはそう言った。
「へえ、もしかして夕飯のメニューってカレー?」
「ご名答、さすがちぐさね」
隠語入り交じる、よく分からないやり取りに入っていける気がしなかったので、僕は喉の洗浄がてら水を飲みながら、二人の掛け合いをただ座って見届けることにした。
「四季~。一頻り談笑した辺り、そろそろ今日のことについて聞いてもいいかな?ほら、このままじゃあ、宮國くんがハブられてて可哀想でしょ」
僕に気を使ってか、しばらくして相原さんは、話を変えようと働きかけてくれた。
「特にあの変質者の事を、可哀想とは思わないけれど、ちぐさが気になるんだったら分かった。話を変えましょうか」
時東さんよ、本人のいる前で変質者呼ばわりはやめてほしい。あたかも本人了承済みって感じがするじゃないか。こちとら『変質者』と、言われていただなんて初耳だよ。
「詳しく教えて!」
相原さんに言われると、時東さんは、今日あった出来事を丁寧に、神の視点から説明し始めた。とても長かった。とても眠かった。二十分くらい話しやがってたんじゃないかなあ。途中、独りでに雑学を披露したり、 昨日観たTVドラマの話に脱線したりしてくれたのが長話の要因。僕だったらこんなの三分足らずで説明できたよ。
「結局お目当ての人は見つかったの?」
時東さんが八割方話した所を、遮る形で相原さんは発問。良いことを訊いてくれた。僕も気になっていた部分であったので、これから訊く予定だった。何を基準に、今更だけど、スカウトって……事故紹介をする羽目となった根源はそれだからな。あれでどうやって見極めるというんだ。昼休みは自由に席を移動させられるから、全体的にゴチャゴチャしてて、ずっと時東さんの隣にいたが、皆の表情なんてとてもじゃないが伺えなかったぞ。ましてや僕の時のように瞳の輝きがどうとかで判別するのは無理な話だ。
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