第2話スカウト⑬

「さあ、そろそろ行こうかしら」


時東さんは、僕が着ている制服の袖の一部を、おもきし引っ張り、戦地?へと歩みを進め始める。


当然だが時間は過ぎるもの。たとえ嫌な事でも嫌でない事でも、皆、所詮、同じ時間の流れで生活しているのだ。いつかは必ず終わる、時間が解決してくれる。十何分間。この待機時間は、とうに終わりを告げた。これから始まっちゃう地獄確定な事故紹介も、この調子で過ぎ去ってもらいたいものだよ。




室名札には堂々『二年一組』という文字が印刷されている。どこの窓も扉も開いていて、そこから漏れる声は、教室の外からでも賑わいが伺わせる。普通の昼食風景が見える。二年生ともなると人間関係も安定期に突入しているのか、自分達一年生のクラスよりも若干物騒がしい。


「入るわよ」


そんな場にこれから突入して、故意にアクシデントを起こそうとしているのだから、若さってやつは猛烈に恐ろしいよ。本当同い年とは思えない。悪い意味で……



僕は時東さんに引っ張られるがまま、二年一組の教室へ入った。昼休みからか、そのクラスの生徒でなくっても、出入りしている人は多く、大して珍しくない。故に出だしは割り方驚かれる事もなく、皆、僕らを無視して平然と昼時間をエンジョイしているっぽい。良くない。自分としましては完全アウェーな空気を醸し出していてほしかった。その方が後退りしやすく、未然に事故も防げただろうからね。


教壇の中心まで行くと、僕達は立ち止まった。そして、


「天空をさきし怒濤に光る聖なる神秘の剣の命を受け、転生してきた聖六十七騎士、二十八番隊隊長。私の名は、シルミアバル・ホトカリトルプ・アーシャイズウォーカー。現世での仮の名前は時東 四季(ときとう しき)よ!一年二組の堕天使とはこの私のこと!属性は炎!必殺技は『バーニングエルキオジオ』。炎々と燃え盛る紅蓮でグレートな炎に、あなたのハートは燃え尽きる。ラブレターでも果たし状でも何でも大歓迎。先輩共、一般人共、よろしくってよ!」


先手は時東さんだった。ここまでくると潔い。対して周りの反応はない。あるんだがない。教室にある壁掛け時計が針を刻む音が、よく聞こえるよ。なんということでしょう。さっきまであんなに騒がしかった教室が、あっという間に静かになったではありませんか。まるでここの空間だけ時間が止まったかのような静寂。大大大事故だ。TVの生放送ならとっくに画面一杯お花まみれとなっているだろう。


ふと、時東さんは隣にいる僕の肘をつねった。これは前に決めていた僕の番を告げる合図。精神的死刑執行の合図。


「大地と契りし悠久の契約、幾重にも重なる雲母の如く、光る眼は摩天楼。雷鳴轟き囁くそれは、曇天すらも貫く鋭利の剣!俺様の名はルピアニッシュ・アンドロイア・チートルート。世を忍ぶ仮初めの名は宮國 空人(みやぐに そらと)!一年二組の異常気候とは俺様のことだ!属性は草!必殺技は『リーフデルオルキアル』。草々と生え盛る草木に、貴様の命は音をあげる!生きたいやつも死にたいやつも大歓迎。先輩共もとい愚民共!よろしくお願いさようなら」


キレキレの決めポーズを取りながら、僕は大声で、そう言った、そして逝った。享年十六歳。自分の精神は身体を置いて、先に旅立ってしまいました。と、錯覚してもいいくらい場は白け冷めきっている。水が溢れ出ているコップの上から水を注いでも溢れるのは当たり前であるのと同じく、僕は当たり前に滑った。いや、滑るどころの話ではない、立ってすらいられない。それでも唯一の救いはあった。ここが一年生の教室でなかったことだ。僕達以外の同級生がいないのは良かった。今後のスクールライフに関わる重要事項。どうかこの惨事は、この空間だけで収束してくれますように。



「では、ごきげんよう」


事故紹介をし終え、僕らは後始末もせずに教室を出た。


「大成功だったわね。それじゃあ勢いに乗って、あと三つ、さっさとこなしましょうか」


時東さん曰く、手応え充分らしい。大成功?あんな目も当てられない大惨事が?


そうか、そうだった。時東さんからしてみれば痛ければ痛いほど良いんだっけか。マゾヒトストにも程がある。とんだド変態だよなあ。


先程の場で僕は正直、無言を貫く予定だったんだけど、そうしなかったのには理由がある。時東さんが作り出したあの雰囲気の中から、一目散に逃げ出したかったのだ。そのためには、ずっと無言で突っ立っておくより、事故紹介をして、ちゃっちゃと済ませてしまった方が早いだろう。残り三教室か……南無三!どうせ乗せられるのだ、ならば自分から乗ってやる。この場合、勢いというより泥船に近いが……

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