第2話スカウト⑫

ようやく足を止めてくれた。指が離れる。Oh, My God!制服の袖がまた死んでしまった。いや、まあ、途中プチプチって、嫌な音が聞こえていたんで予感はしてたけどもさ。これは修復不可能、しかし残機も二つしかないので棄てられない。三着中、二着が袖ダルンダルンってどうなんだろう。まだ一週間だぞ。先行きが不安。いっそ袖を引きちぎってしまおうか。駄目だ、金属バットの直径程しかない僕の悲酸な、よく言えばスマートな二の腕が世の中に露呈してしまう。ヒョロガリ零分丈、絶望的に似合わない。それによく考えてみろ、まだそれぞれの片翼は生きている。時間の問題っぽいけども、諦めるのはまだ早そうだ。今からでも鍛えてタンクトップの似合う筋肉隆々な男を目指してみよう。じゃない!ムキムキになってどうする。どうやら僕は混乱しているらしい。


時東さん連れられた先は、未開の地だった。なんて、勢いでついつい中二病臭く言ってしまったが、既に開けているよ、校舎の中であるよ。というか二階。僕ら一年生のクラス教室があるのは一階なので、階段をちょいと上がっただけの場所。渡り廊下の奥の奥、行き止まりに近いホコリまみれで人目のつかない、ジメジメしてて地味な場所にいる。


「今日は二年一組から四組までね。今は弁当を買ったりで教室を離れてる人が多いから、あと十分くらい経ったら突入するわよ」


懐中時計を片手にし、時東さんはそんな事を言った。今どき袂時計とは、えらく前時代的な、


「ああ、これね。どうかしら?時代に流されない個性的な自分ってイカす!みたいな雰囲気が出てて格好痛良いでしょう。高かったのよね」


余程自慢したかったのだろうか、視線すら送らなかったのに、親切丁寧、勝手に説明してくれた。言うほど懐中時計を使うのって痛いか?マジか、どうしよう。僕はプライベートで懐中時計を使っている。が、学校では使っていないからセーフだよな。それより、


「相原さんは?」


「連れてくるわけないじゃない。ちぐさは私の大切な友達なのよ、こんなしょうもない事に、見す見す巻き込ませて恥をかかせるわけがないでしょう」


そんなまさか。たしかにここ一週間、僕と時東さんが事故紹介で使う決めポーズの練習では、毎回観ているだけで相原さんが一度も練習した覚えはない。てっきり、とっくに完成しているのだと思ってたんで、当日不参加という事態は考えてもいなかった。つーか、酷い。しょうもない事と自覚つつ、僕を道連れにするとは……友達を思いやる心があるのなら、友達以外の存在にも、も少し思いをやってほしい。わけてほしい。


「一年生の所は行かないの?」


この手のヤツって、基本的に下から上に、階段を上るように進めるよなあ。なのに二年生の教室から攻めるとはどういう意図なんだ?


「一年生の所には一昨日一人で行ったわよ。そして、勿論フルコンプリートしてきたわよ」


ズコー、ここが漫画の世界ならば、そんな効果音と共に僕はズッコケていただろう。


「じゃあ、この度も時東さん一人で行ってくれよ!」


こう言ったら、時東さんは、懐中時計を懐にしまい、僕の方をクルリと向いた。


「上級生を甘く見ない方が良いわよ。彼等、私達よりも生まれた年が何年か早いってだけで、揃いも揃って無条件にのさばり返るのだから、恐ろしいったらありゃしない。それ故に己の身を守る為の盾が自ずと必要となってくるでしょう?それが君。今の私には君が必要なのよ」


「要するに、上級生の怒りの矛先を僕に全て向かわせるってこと?嫌だよそんな役回りは」


誰だってこう言うでしょう。ただでさえ嫌なのに、こんなの高報酬でもでない限りやりたかないよ。


「大丈夫!安心しなさい。痛みを感じるのは君だけで、私はちっとも痛くないから」


クズが言いそうな台詞を、こう凛々と言われてもなあ……自己中心も著しい。と、発言に大穴を見付けたぞ。


「ん、それだと駄目なんじゃないの?時東さんは痛い人になりたいんでしょ?なのに僕だけに痛さを全部あげちゃあ、時東さんはただの観客だよ、パンピーってことになるけどそれでいいの?」


「何を言っているの、君のちゃっちい盾で完璧に防げるわけないでしょう。私だって同程度食らうわよ。ただし私は痛みに慣れているから、これしき痛くも何ともないと言ったまでで、むしろ君よりも多く受ける覚悟はできているのよ。ドンと来いって感じね。それに、今回の目的はあくまでスカウト。痛くて多いに結構なのよ」


普段より早口、ムキになっている臭い。子供っぽいなあ。って、まだ子供か。そんな子供気様、お陰様で僕への被害がさっきよりは軽減されそうだ。しかし無い方が良いに越したことはない。だから隙を見て逃亡したいのだが、時東さんには全然隙が出来ない。わけでもないんだけど逃げられない。さっきからずっと自分の片足を踏まれているからね。

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