第2話スカウト⑪

「時東さんの属性は何だったの?」


そう問うと、自分に酔っているのだろうか、僕を通り越し背面ロッカーに視線を向けつつ、いかにもノスタルジックに浸ってる風な雰囲気を漂わせている時東さんは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに口を開く。


「今日の私のラッキーカラーは赤だったから、属性は炎よ。台詞は『私の可憐な紅蓮に焼き付くされよ愚民共!』ってとこかしら」


なにそれ、自分だけ格好良く痛くしちゃって。僕の中二病の古傷が疼いてしまうよ。じゃない、


「それより本題に入りましょうか」


そうだ。昨日、時東さんに「渡したいものがあるから、明日の朝、這いつくばって教室で待ってなさい」と、言われたから少し早めに登校し、待っていたんだよな、流石に這いつくばってはいないけど。


「いよいよ今日の昼休みに執り行うわけなのだけれど、豆乳メンタルな君の事だし、先駆けて鼓舞が必要でしょう?だから作ってきたのよ」


時東さんは、またしても自分の学生鞄に手を突っ込む。何を作ってきたのだろう、変で嫌な予感がするよ。どうか食べ物じゃありませんように。


「はい、君もこれをはめなさい」


自席、僕の目の前にバンッと、叩きつけられたそれは、何か黒っぽくて気持ちの悪い布っきれだった。


「何これ?」


僕はそれを指差して、単純にこう訊ねた。


「よく見なさい。私とオソロのインフェニティグローブ。指先の加工には苦労したのよ、だから有り難がりなさい、喜びなさい」


グシャッとしているのを広げると、言う通り、それは時東さんが学校でいつもはめている指なし手袋のもう片一方だった。インフェニティグローブっていうんだね、クソダサい。といいますか、自分で指の部分を切り取っていたのか。言われてみれば切り口が荒くて酷い仕上がり、ハサミで何も考えずにバッサリ切った感じがする。苦労する点がどこにあったのか知りたいよ。こんなもんいらないよ。


「なんで僕までこれをはめないといけないの?」


一昨日聞いた話によると、このインフェニティグローブ?は、時東さん曰く、中二病の代名詞として、当初片腕に包帯を巻く予定だったが、恥ずかしくってどうしても巻けなかった為、その代用で、はめているとのこと。だからって何も僕まではめる必要はないと思う。まだ巻き方次第でどうにか痛さを誤魔化せられる包帯の方が良い。さてもさても、包帯を巻けないのならば、指なし手袋という発想はおかしい。同工異曲じゃないのか。


「理由なんて一つよ、格好痛良いから。それ以上必要かしら」


必要だよ。男性でいう『格好いい』や、女性でいう『可愛い』の類いで済ませられても困る。まあ……はめるけどさ、


「もしかして昨日渡したいものって、これでおしまい?」


そんな訳ないだろうけど、一応訊いてみた。


「そうだけど、不服でもある?」


そんなことあった。これだけだった。


驚きすぎて何も言い返せなかった。




キンコーンカンコーン


みたいな感じで鐘の音が学校中に鳴り響く。教室から先生が出ていって、やっとこ終わった四時限目。これからやることを考えてたので授業に全く身が入らなかったが、それ以外何事もなく、いつもの通りお昼休みを迎えた。売店という名の戦地へと赴く者、席の位置を変形させる者、頑なに自席から離れようとしない者と、様々いるが、僕はこれからどれでもなくって、時東さんプレゼンツの計画を実行しなくてはならないらしい。嫌だけど臍を固めて、後ろを振り向くと、既に時東さんの姿はない。先に行ったのか?この時僕は男子トイレにエスケープする決意をした。やってられないからだ。逃走の過程として僕は教室から出る、と、普通に時東さんが待ち伏せていた。あらまあ最悪。瞬間、袖を引っ張られる。連れていかれる。誰か止めてくれないかなあ、無理か、廊下は人が行き交ってて、六何の原則のクソもない有り様だからね。



甲やら乙やら難読旧漢字やらで構成された暗号文が『高校三年間、宮國空人は時東四季の下僕となることを誓います』。そんな内容であった事を知らされたのは、その紙にペンを使って自分の身分を証明し終えた後だった。初めはびっくりしたよ。でも少し考えれば分かった。帰する所はゴッコであると、別に強制力は無い筈だと。なので守らなくとも本来なら良い筈だけど、そんなの無くとも僕は従う羽目となっていただろう。だって現在問題、こうして無理矢理に連れられ、振り回されているんだもの。理屈が通用しないのは到底目に見えている。トホホ、こんな強い力で引っ張らないでくれよ時東さん。制服の袖がダルダルに伸びきって、今後使い物にならなくなりそうだから。

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