第2話スカウト⑨

「成る程、たしかにこっちの方が痛いかも知れないわね。ようやく完成したってことでいいのかしら?」


「うん、この通りやれば完璧だと思うよ」


僕は時東さんに身体中から込み上げてくる笑いを必至に堪えながら訊ねる。時東さんは、僕が教えたクラーク博士像みたいなポーズを土台に、ラジオ体操チックな動きを何の恥ずかしさも示さず練習している。ノリノリ過ぎでしょう。我慢せずに笑ってやるのもいいが、それだと中断しかね、金輪際この光景がみれなくなると考えると、どこか名残惜しくって絶対に笑えない。



ガチャリ


ここで先程「トイレ借りるよ~」と、告げて部屋を出て行ったきり全然戻ってこなかった、絶対に笑うのを我慢できないが故に退出したんだろうと感させる相原さんがようやく戻ってきた。うつむいててはっきりとは判断できないが、まだちょっとにやけている。


「四季!自己紹介は決まった?」


分かってて、見計らって登場してきただろうに、飛んだ茶番台詞を吐くのね。


「いや、まだまだよ」


変ちくりんな僕考案のポーズを決めながら、時東さんはそう言った。これだけ女性、というか人間を捨てたように振り切った事故紹介を、このクオリティーで出来るのに、まだ満足していないとは恐れ入ったよ。時東さんは自分へ厳しいだけなのか、単に馬鹿なのか。答えは既に出ている気もするが、一体どっちなんだろう?


「僕はそろそろ帰るよ」


役割は務めたっぽいし、時間も時間だし、今以上話の進展も見込めないし、帰ろうと、僕は立ち上がった、が、


「なに帰ろうとしているのよ。まだじゃない」


直ぐに引き留められました。


「何がまだなのか教えてよ」


さらっと終わらせて楽になりたいから聞いた。


「君の自己紹介文と決めポーズを考えるのがまだでしょう」


???????????


「疑問符を浮かべた顔をしてどうしたの?さあとっとと決めるわよ」


道連れを示唆する台詞は、今の僕には充分だった。自分で投げたボールが地球を一周し、結果、自分の後頭部にヒットしちゃうみたいなものだよ。


「残念~、」


さっきとは、また違った笑みを浮かべながら、サイドから相原さんが、文に起こせば語尾に(笑)が付いているだろう口調で呟く。すっごい他人行儀だなあ、他人だから仕方ないか。トホホ完全アウェーだよ。





目まぐるしく変化する一週間が過ぎた。今でこそ短いと思えるが、体験中は途方もなく長く感じていたと、ふと、時々思う。年齢と共に時間の流れが早く感じるようになるなんて事は嘘なのではと、単に振り返った際に出てくる思い出量の違いに比例しているだけなのではと。年を取るにつれ新体験、発見、初見が減るのは当たり前。国語の記述問題のそれに近い、~字以内で説明せよ。的な?無駄は要領確保の為に省かれる宿命にある、この場合自動的にだが。脳ミソが土台そんな作りをしているもので、学生時代は幼いが故に新体験ばかり。だからこそフォーカスを当てられる。学園ドラマにせよ何にせよ、この時代が人生における始まりでもあり、さも頂点であると言い張るのが多いのもこの為だ。ろうと自分なりに考察してはいるけど、多分間違えてると思う。でも答え合わせをする予定はないんでどうでも良い。等々、答えの出ない問題を自分の世界だけで解こうとする辺り、僕の中二病は完治とまでは至っていないんだろうね。



この一週間、まあ、平たく言ってしまえば大した進展のない一週間だった。短く感じたのはそれが原因かもね。学校における話し相手は自席回り筆頭に、人並みで出来てるとは感じるけども、皆、一緒に遊ぶには達していない。しかしこれで良い、むしろ出来すぎだ。目標は六月から八月の間に友達を一人は作ること。焦っては元も子もないからね。しばらくは発言頻度も抑えるつもりでもある。時東さんに邪魔されて一時はどうなるかと危惧された僕のスクールライフ、どうやらどうにかなりそうだ。っと、そんなのはどうでもいい。


現在僕は自席で暇真っ最中である。というのも、僕の登校時間が周りより圧倒的に早いのが要因。生まれてこのかた人波が苦手なもんで、登校時間に合わせて登校すると、事前に酔い止めを飲んでても人に酔ってしまう。僕だって、誰だって朝くらいは清々しく過ごしたいものだろう。んで試行錯誤した結果、いや、まだ段階かな、今日この時間帯に登校する由となった。そいで、やることがないのでこの一週間を振り返ってみた。暇潰しとして、本を読むなりするのが一般的というのは知ってるが、前に述べた通り自分は、読書できる本を所有してない。行くべきだが図書館には未だ行っていない、行けていない。行きたいのは山々だが、毎度邪魔されるんだ時東さんに。



クラスでの時東さんの立ち位置は唯一無二になってて、あそこだけ独立国家のよう。天空に浮いている、見ようによっては一匹狼って感じ?毎日片手にしている指先カット手袋、授業中はずっと居眠り、たまに大声で呪文を唱える。そんな彼女に恐怖を覚え、今では早くも誰も関わろうとしないし、僕の知る限り噂にも出てこない。そんな危ない人認定されてる時東さんが放課後になるまで、校門をでるまで、僕に、キャラ作りからか一切話しかけてこないのは、僕との関係性は皆無であると周囲に思わせるのには好都合だったけど、


ガラガラッ


そんな安寧秩序も、もうすぐ終わりを告げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る